京都『飯田』の美学

春、爛漫は奥ゆかしく

茶室のごとき趣の小さな館に、惜しみなく使われる魯山人や歴代の樂などの名器。
1年先まで予約が取れない店として年々人気を増している日本料理店『飯田』。その底知れぬ魅力の根幹にあるのは、素材選びや色使いなど細部に息づく徹底した美学でした。第1回は、4月の献立より、飯田流の春の描き方をご紹介します。

文:川島美保 / 撮影:岡森大輔

主題を伝える、“づくし”な導入

「厳しい寒さを乗り越えて新たな生命が芽吹く、喜びに満ちた季節。暦の上ではとうに過ぎていますが、日本人にとって身近な春の到来は、やはり桜が咲く4月。ですから、例年4月は『春、爛漫』を主題にしています。」と、店主の飯田真一さん。
店に上がると最初に目に入る床の間には、桜が舞い散る保津川下りを描いた掛け軸と桜のくす玉を、カウンターには月夜に照らされた祇園の名木・円山桜の画を飾り、コースの始まりを告げる一献は桜茶にて。

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掛け軸の和歌は「みをかへし 心地こそすれ うき世には あらしの山の 花の明ぼの」。幕末・明治の歌人、太田垣蓮月が夜明けの桜の美しさを詠んだ句と情景が描かれている。カウンターに飾る円山桜の画は、司馬遼太郎の「街道をゆく」の挿絵でも高名な須田剋太作。

緩和のための“序”

入店からここまでは桜づくし。とはいえ、実にさりげない。その意図は、「言葉なしに、主題を伝える意向です」。飯田さんから、お軸や絵の説明を添えるわけではない。あくまでお客様に春を“感じて”もらう。その加減こそが『飯田』流だ。
「“控え目”が美しいというのが、僕の持論です。何事も“すぎる”と品がないでしょう。ですから、お料理の前半も、さりげなく春を匂わせる趣向です」。
先付は「揚げ帆立と春野菜の吉野酢餡がけ」。揚げた帆立を土台に、ウドの白煮、ウルイのお浸し、タラの芽の揚げ煮と、素材ごとに異なる調理法を施した山菜を積み重ね、吉野酢の銀餡でまとめている。山菜ならではの爽快な香りと苦みが、口中で華やかに春を奏でる。
桜色の平向を器に選んでいるのは、「色で春を感じさせるための演出」だ。「僕が思う春の色合いは、桜色、黄緑、黄色。食材や器で要所にこれらの色味を織り込みます」。桜の花弁を模した器など直接的すぎる造形には頼らないというのが、いかにも飯田さんらしい。

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料理はすべて4月のコース38400円(税サ込。価格は月替わり)から。山菜を盛り込んだ先付は、釉薬ではなく炎が生んだ自然な発色が美しい、江戸前期に作られたという朝鮮の御本手向付にて。「複雑な風味を堪能して欲しいので」と、まとめて口に運びやすいよう太さや長さを切り揃えている。ワラビの鮮やかな赤紫色は丁寧なアク抜きのなせる業。

花見の情景へと“破”する豆腐田楽

続く椀物は、桜と紅葉を描いた雲錦の蒔絵椀にて供し、向付には明石から届く桜鯛に菜種を添えて。粛々とコースを進めた中盤、「目や舌で春を感じていただいたところで、花見にちなんだ一皿をお出しします」。
焼きたての豆腐田楽は、室町期創業とも云われる祇園の料理茶屋『中村楼』の昔からの名物。「京都で花見といえば、江戸の頃から豆腐田楽が付きものといわれています。そんな物語をお伝えするのも、料理屋のひとつの仕事かと」。美しい曲線を描く青竹の串は、「理想の色と形のために」と飯田さんが庖丁で削った自作。「柔らかい豆腐を崩さないための、繊細な細さが必要なんです。切り立て・作り立てだからこそ出せるこの清々しい青は、もてなしの表現でもあるんです」。野暮になるので客に問われない限りはあえて説明はしないが、器に負けない強い存在感には、確かに伝わるものがある。
あまりに素朴な姿ゆえ、客は一瞬、不思議に思う。そして、料理の背景を知って、なるほどと膝を打つ。コースの流れを変える“破”の存在の印象は鮮烈だ。

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焼き物の豆腐田楽は、白井半七作の田楽箱にて。4月にこの田楽を盛るためだけに使う器。作りたての絹ごし豆腐を使っているので驚くほど柔らかな口どけ。強火の近火でパリッと炭火焼きしたフキノトウ外葉の芳香とほろ苦さが絶妙なアクセント。「青竹は茶懐石や茶事において欠かせない小道具なんですよ」と飯田さん。

気分を盛り上げる“急”な展開

そしてここから終盤は、思い切り春めいた展開に。筍の炭火焼に、桜エビのかき揚げ、干しゼンマイ湯葉巻きと、春の役者が揃い踏みだ。締めには、土鍋で炊いた筍桜鱒飯。盛り上がりはここが最高潮と思いきや、「真のクライマックスは、菓子にあります」。
供されたのは、作りたての桜餅。しかも道明寺粉を使った関西風ではなく、「他と同じは避けたいので」とあえて関東風の薄焼き生地タイプ。焼きたての温かい生地が桜の葉を程よく蒸らし、ふわんと鼻をくすぐる独特の芳香。サラリとした上品な餡とのバランスも実に見事だ。
「桜の花に始まり、桜の葉で終わる趣向です」。
序破急を思わせる緻密な構成。『飯田』流の「春爛漫」は、この洒脱な仕掛けで幕を閉じる。

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一客ごとに炊き上げる筍桜鱒飯。合わせだしと塩、みりん、数滴の淡口醤油で淡く下味を入れた筍の角切りに焼きほぐした桜鱒の身をたっぷり合わせ、甘辛く炊いた実山椒を散らして。「筍の甘みと白さを生かしたいので、淡口醤油は香りづけ程度です」。


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餡から自家製の桜餅。香りづけの桜葉は外していただくスタイル。「温かい生地と冷たい餡の対比を味わっていただく、料理屋ならではの菓子にしています」と実は大の甘党の飯田さん。メレンゲを加えた薄焼き生地の端はサクリと軽い食感。香り良い粒餡の綺麗な甘みが心地よい。

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