発酵の基本と、野菜の乳酸発酵
発酵とは、微生物の働きを使って、人間にとって有益な食品に加工すること。醤油や味噌といった調味料や日本酒、納豆や漬物など、日本の伝統的な食品の多くに用いられている手法です。今回は、発酵にまつわる基本的なメカニズムと、今すぐにでも試したくなる野菜の乳酸発酵をご紹介します。
釜阪 寛(ひろし)さん:1964年生まれ。神戸大学農学部卒業後、1989年江崎グリコ株式会社入社。菓子開発研究室の焼き菓子チームに3年在籍した後、生物科学研究所で食品の新しい素材・技術開発を行う。健康科学研究所に名称変更した後、カルシウム、主に「お口の健康」の研究に携わる。2022年4月より甲子園大学 栄養学部 食創造学科教授に。同大学の学長である伏木 亨氏と共に食品の嗜好性の研究を行う。農学博士。
発酵の基本
発酵とは、食品加工における「生物的操作」の一つです。生物的操作には、他に食品の生命現象を活用する熟成や追熟、近年では遺伝子操作や細胞融合といったバイオテクノロジーなどがあります。
食品加工の基本的操作は物理的操作・化学的操作・生物的操作の3つに大別される。
物理的操作:主に可食部の分離分画、混合、成形などの機械的処理、加熱や冷却によって殺菌、濃縮、食品成分の機能特性の変換を行う。原料からの非栄養成分や有害成分の除去、栄養成分の消化性向上にも有効。
化学的操作:酵素的および非酵素的な化学反応によって食品成分を化学変化(酸化、還元、加水分解、合成など)させ、付加価値の高い食品素材に変換する。
人間にとって有益な微生物の働き=発酵
発酵の特徴は、微生物の酵素のはたらきを活用することです。
微生物とは「カビ」「酵母」「細菌」の3つ。食物をおいしくしたり、栄養価、保存性を高めたり、腸内環境の改善や抗酸化作用など、人にとって有用な物質を作り出すことを発酵と言います。対して、微生物によって有害物質を作り出すことを腐敗と呼びます。
日本の伝統的な加工食品には発酵食品が多く、その多くにコウジカビが使われています。2006年には、日本醸造学会がコウジカビを国菌と認定しました。
編集:髙村仁知・森山達哉、出版:南江堂、「新しい食品加工学」改訂第3版 P45 表3-4「主な発酵食品と微生物の関係」を元に作成。清酒や醤油、味噌、みりんなど、日本の伝統的な調味料にコウジカビが使われている。
発酵の過程は「分解」と「生成」
発酵の過程は、元となる食物や使われる微生物の種類、最終的に何に加工するかによって異なります。
例えば酒造りにおいても、ワインの場合、ブドウ果汁の糖類(単糖類・二糖類)を酵母が分解し、アルコールと炭酸ガスを生成します。清酒は米の中に糖類を含まないので、麹菌がまずデンプンをブドウ糖に分解(糖化)してから、酵母がアルコールと炭酸ガスを生成します(もちろん、酒造りには前後に複雑な工程があります)。
このように発酵の過程はさまざまですが、基本的には微生物の「酵素による分解」と「新しい物質を生成する」という2つの反応によって成り立っています。また、加熱や濾過といった物理的操作、加水分解などの化学的操作など、他の食品加工の操作との掛合せによって、より付加価値の高い食品にすることも可能です。
日本は発酵大国!
世界中に発酵を利用した食文化がありますが、日本は高温多湿の夏にカビや菌が繁殖しやすいため、豊かな発酵文化が育まれました。
縄文時代には酒、奈良時代には麹菌を利用した醤油や味噌づくりが始まりました。他にも酢や漬け物、納豆など、多くの発酵食品が日本の食卓を彩ってきたのは、皆さんもご存知の通りです。
北海道では魚と野菜を米麹に漬けて乳酸発酵させた「飯寿司(いずし)」、福島では塩・米麹・米を3:5:8の割合で混ぜて付ける「三五八(さごはち)漬け」、トウガラシの塩漬けに米麹を混ぜて発酵させる新潟の調味料「かんずり」、塩漬けにした大根を甘酒に漬ける東京の「べったら漬け」。塩漬けにした鮒(ふな)を米飯に漬けて自然発酵させた滋賀の「鮒ずし」、イカナゴを塩漬けし、発酵させた香川の魚醤「イカナゴ魚醤」、沖縄では島豆腐を米麹・紅麹・泡盛で発酵、熟成させた「豆腐よう」などなど。地域の気候風土を生かした発酵食品が各地で食べられ、日本は発酵大国とも呼ばれます。
長年、各地で経験則に基づいて連綿と続いてきた発酵技術。ですが、どの微生物、どの菌種のはたらきで発酵しているのかなどが分かってきたのは最近のこと。鮒ずしを発酵しているのに一番はたらいているのは乳酸菌のレンチラクトバチルスブフネリだということが龍谷大学の研究センターで解明されたのも2022年です。発酵食品を武器に地域への観光を促進する「発酵ツーリズム」に力を入れる地域も増えてきており、ますます、発酵にまつわるニュースが増えていくと考えられます。
野菜の発酵
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