甘みと旨みが際立つ「泉州きくな」
菊菜の収穫量・全国1位を誇る大阪※。なかでも泉州地域は、寒さに弱い菊菜にとって温暖な気候、豊富な水が流れる環境など、菊菜栽培に適した風土で府内の生産の多くを占めている。
※令和4年の作況調査(農林水産省)。
泉州・貝塚市で江戸時代から続く『西阪農園』は、菊菜づくりに特化する専業農家だ。八代目・西阪和正さんは、お父様の跡を継いで17年目を迎える。
「2018年に泉州地域を襲った大型の台風で、農園のハウスは全壊しました」と西阪さん。これをきっかけに、改めて農業という仕事に向き合い、お客さんに喜んでもらうにはどんな野菜を作るべきか、深く考えるようになる。
そこで西阪さんは、バイヤーや消費者の声をもとに、関西はもちろん関東でも需要のある菊菜に特化した農業にシフト。おいしさを追求した生産体制を整え、2019年にリスタートを切る。
今では、全900坪(約3000平方メートル)のビニールハウスを再建し、泉州きくなを通年栽培している。
12月中旬、一面に鮮やかな緑が広がるビニールハウスを訪れたのは、大阪の人気割烹『翠 大屋』の大屋友和さん。2023年5月、ミナミから東天満に移転、進化し続ける料理人の一人だ。
「菊菜は馴染みのある食材です。小鍋に用いたり、お浸しにすることも多いです」と大屋さん。その隣で、西阪さんは「ウチの菊菜は、そのまま生で食べても美味しいですよ。大屋さん、まずは試食してみてください」。
「葉に厚みがありますね」と言いながら頬張る大屋さん。ゆっくりと咀嚼しながら「ふわりとした食感、そして、爽やかな香りが広がります! 噛むほどにリンゴに似た風味をほのかに感じます。菊菜独特の苦みがなく、際立つのは甘みと旨みです!」と目を輝かせる。
「ありがとうございます。野菜の味は、野菜自ら生み出します。農家は、香りや食感、旨みなどの味わいをデザインし、そのための環境を整えるのが腕の見せどころであり、役割であると思っています」。
おいしい土づくり
西阪さんが最も心血を注ぐのが土中の環境づくりだ。ふかふかの土が敷き詰められたハウスに入った大屋さんは土にそっと指を入れ「表面はサクサク、中はふんわり。喩えるならフランス菓子のダックワーズみたい」と笑う。
「当園が目指すのは、畑に“自然の循環”をつくることです。土を深く耕すことで土中へ酸素を届け、微生物が住みやすい環境に。土中の有機物を微生物が分解すると、それが野菜の養分となります。そこに種をまくと養分を利用して野菜が育つ。このサイクルの中で育った野菜は、自ら本来のうま味や栄養を作り出すようになり、おいしく育っていきます」。
この環境があってこそ、西阪さんが理想とする菊菜に育つ。
例えば、色は自然の中に生えている草の緑色。自然の循環の中で生まれた養分で育った野菜本来の色だからだ。
最もこだわるのは味わい。菊菜に含まれるグルタミン酸(アミノ酸)にミネラルを効かせることで、うま味を増幅。土から余分なものを取り除き、苦みやえぐ味を抑え、爽やかな香りや甘みを引き立てる。
ビニールハウスは立地ごとに日当たり、風通し、排水性など、菊菜にとって快適な環境になるよう設計。「日々、菊菜を観察しながら管理することで、すくすく成長し、柔らかく歯切れのいい食感に仕上げています」と西阪さん。
「言葉が出ません」と驚く大屋さん。「細部までこだわることで、自分が本当に美味しいと思う野菜を育てたいのです」と西阪さんの語りは熱い。
収穫は、菊菜が最もおいしくなるタイミングで
収穫のタイミングも、味わいを大きく左右するという。
「野菜は、『朝採り』が瑞々しくて新鮮というイメージがありますが、菊菜には不向きです。なぜなら、日中に光合成で蓄えた糖は夜、呼吸する時に使ってしまうので、朝は糖が少ない状態。なので、糖をしっかり蓄えた夕方に収穫し、一晩、冷蔵庫で予冷。美味しさを保ち、食卓へお届けします」。
今では、生産者の顔が見える食材を揃える食品専門店や飲食店、ホテルなど『西阪農園』の泉州きくなを指名買いするお客も少なくない。
畑を後にして、「生で美味しい菊菜に、初めて出合ったかもしれません」と興奮冷めやらぬ大屋さん。『翠 大屋』では、加熱調理をして使うことが多かったが「葉の厚みや、この甘みと旨みを生かすことができる、新たな菊菜料理に挑戦してみたいです」と熱く語った。
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