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京都『草喰なかひがし』の「にくひがしの日」【前編】

京都・銀閣寺のほとりにある日本料理の名店『草喰(そうじき)なかひがし』。1997年に中東久雄さんが創業して以来、大原の個性豊かな野菜や炭焼き料理、おくどさんで炊き上げるご飯など、滋味深い味わいの料理で人気を博しています。4月中旬、この日は「にくひがしの日」と称し、滋賀『サカエヤ』の肉を軸にしたコース料理を展開する会が開かれました。厨房に立つのは、長男・克之さん。実はこの日、久雄さんから克之さんへの「継承」が裏テーマとしてありました。その全容をお届けします。

文:阪口 香 / 撮影:内藤貞保

目次


大将は席に着き、板場に長男が立つ

「葉桜がきれいですね」。

『草喰 なかひがし』の女将、中東仁子さんが席に着いて言う。4月中旬のこの日、店はいつもとは違う緊張感に包まれていた。
仁子さんだけでない。大将の久雄さんもお客を招き入れた後、席に着いた。

口火を切ったのは、滋賀の精肉店『サカエヤ』の新保(にいほ)吉伸さん。「久雄さんが生家である『美山荘(みやまそう)』から独立したのが 45 歳。今、ご長男の克之さんが 45 歳です。久雄さんも古稀を過ぎまして、そろそろ継承という頃ですが、なかなか粘っておられます(笑)。でも、任せたいという想いもある。克之さんの想いもある。今日は克之さんが厨房に立ち、久雄さんと仁子さんには客席で料理を味わっていただきます」。

was0051b滋賀で精肉店『サカエヤ』を営む新保さん。飲食店向けに卸す肉は、店主との信頼関係を築いた上で店のスタイルや供する料理に合わせ、香りや味わい、水分量などをコントロールする“手当て”を施す。久雄さんとの付き合いは2015年から。テレビで放映されていた完全放牧牛、ジビーフを久雄さんが求め、縁あって繋がった。

続いたのは神田久幸さん。食雑誌『dancyu』の元編集長で、『草を喰む 京都なかひがしの四季』(プレジデント社)の編集担当でもある。「dancyu時代から久雄さんを追いかけてきました。今日は新保さんが手当てした肉に『なかひがし』の草や野菜を組み合わせ、新しいクリエーションを味わっていただければと思います。そして、みなさんの力で親子の背中をちょっと押せたら」。

同席したのは『なかひがし』や『サカエヤ』に縁深いメンバー。克之さんがどんな料理を作るのか、久雄さんの反応は如何か…いろんな想いで会を見守ることになった。

『なかひがし』は1997年に創業。入口脇に掛かる木の板には「おくどはんのご飯に 炭火の肴と 山野草を添えて」とあり、この言葉が店のすべてを表している。久雄さんは言う。「メインディッシュはご飯と目刺しです」。そのフィナーレに向かって、数々の料理が供されるのだ。
一瞬の自然を映したような八寸、こっくりとした甘みの白味噌椀、水の清らかさを感じる鯉、味わい深い肉。それぞれに摘んできた草や京都・大原の個性豊かな野菜を合わせ、その滋味を味わわせる。
食後は、細胞が喜ぶかのような充足感。草の鮮烈な香り、よく食べる野菜の知らない味わい、みずみずしい旨みを湛えた煮えばなが五感を刺激し、心を満たす。日本人のDNAを呼び起こす。

その厨房に克之さんが入って21年になる。久雄さんがいる時は焼き場や裏の厨房で、留守の時は板場で父親に負けず劣らず駄洒落を挟みながらカウンターを盛り上げる。

was0251c中東克之さんは1979年生まれ。大学卒業後に東京で経験を積み、2003年、家業に就く。久雄さんに師事する。次男の俊文さんは東京のイタリア料理『cusavilla 草片(旧erba da nakahigashi)』に次ぎ、24年4月に京都岡崎で『ristorante DONO』をオープン、三男の篤志さんはカリナリーディレクターとして活躍する。

「本日はどうもありがとうございます。私は庖丁を持って生まれてきたと思てます。料理が好きなんですね。アニメを見るより料理番組を見て、兄弟3 人で『お前の卵かけご飯が美味い』とか『お前のオムレツがどうや』とか言いながら育ってきました。今日はちょっと、一念発起で。心尽くしの料理をお出ししたいと思います。……あ、アカン言うてるのに中入る!」。

was0194d知らぬ間に久雄さんが「泡となって消えますから」と冗談を言いながらカウンター内からシャンパンを注いでいた。人を喜ばせることが大好きな久雄さん、つい体が動いてしまうようだ。
久雄さんは1952年生まれ。「摘み草料理」で知られる花脊(はなせ)の料理旅館『美山荘』で生まれ育ち、高校卒業後に兄のもとで27年間勤務する。1997年に独立。2012年に農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」でブロンズ賞、17年に同シルバー賞、16年に京都和食文化賞を受賞。

白味噌椀に、驚きの具

「最初に煮えばなと白味噌椀、向付の鯉をご用意しています。『なかひがし』の料理は以上です」。

『なかひがし』を凝縮したような一汁一菜。瞬間の贅沢、日本人にとってのご馳走。
実はこの中にも、克之さんのある仕掛けが施されていた。

was0296e白味噌は、仁子さんのご実家である京都御苑東『しま村』製。

白味噌椀の具は、草餅にフキノトウの軸とギボウシの新芽。春の香りと食感、生気漲る味わいが白味噌の甘みに映える。ここになんと、牛の大動脈「コリコリ」を入れた。
「以前、東京の肉料理『samani』でいただいたコリコリがとても印象的で」と克之さん。汁と同じ白色で味は淡いが、ツルツル、ニュルッとした舌触りに、歯を入れると文字通りコリコリ、サックリ。確かに記憶に残る一品だ。

「この発想には驚いた」と新保さん。「『なかひがし』のお膳の中に、一かけらの大きな主張を入れた。挑戦への気概を感じます」。

was0283_0310f左/鯉の鱠(なます)。鯉は細造りにして塩を当て、まるで肉のようなねっとりとした食感に。皮の湯引き、骨でとっただしの煮凝り、ウロコの素揚げ、初採りキュウリ、山椒の新芽と共に盛り合わせ、煮切り酒と醤油を合わせて。「よく混ぜてお召し上がりください」。多彩な食感が楽しい一品。右/土鍋で炊いた煮えばな。

肉は、草や野菜を美味しくする脇役

「『なかひがし』においての主役は草であり、野菜です。その主役を引き立てるのが肉なんです」。

草や野菜がいくら個性的で美味しくても、一辺倒ではダメだという。タンパク質の吸収を高めるためにビタミンが必要であるように、やはりバランス良く摂取することが大事。「身体が喜ぶことが、美味しいと感じることに繋がるんだと思います」。

とはいえ、ただ肉と野菜を出せばいいのではない。草や野菜を超える肉の香りや味わい、脂は、主従が逆転してしまう。
「新保さんが、うちに合った肉を入れてくださっています。大将(久雄さん)は『そない、手を加えなくていいですよ』と言っているのですが、うまくやってくださっているのですね」。

実際、新保さんは「本来、和牛の良いとされる香りや味を抑えるようにしている」という。例えばナッツのような香り(タンパク質が分解された時に生じる香りの一種)は、エイジングによる香りの醍醐味でもあるが、『なかひがし』に卸す肉は「草や野菜の邪魔になる」と、なるべく抑えるようにしている。コースの流れを滞らせないように。

そして克之さんは、「新保さんの肉でしか表現できない草や野菜の美味しさがあるんです」と言う。
次回後編では、一汁一菜に続く、「肉×草・野菜」の料理を紹介する。

後編に続く)

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