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京都『草喰なかひがし』の「にくひがしの日」【後編】

日本料理の名店『草喰(そうじき)なかひがし』の二代目・中東克之さんが滋賀の精肉店『サカエヤ』の肉を主軸にコース料理を展開した「にくひがしの日」。【前編】では一汁一菜と、『なかひがし』における肉の役割をご紹介しました。【後編】では、9品におよぶ「肉×草・野菜」の料理が登場。それぞれにおける、克之さんの調理意図と味わいをご紹介します。

文:阪口 香 / 撮影:内藤貞保

目次


was0422_0379b左/『なかひがし』の大将・久雄さんと女将の仁子さん。今回は長男・克之さんが披露する「肉×草・野菜」の料理を食べて見守る。久雄さんは1952年生まれ。「摘み草料理」で知られる花脊(はなせ)の料理旅館『美山荘』で生まれ育ち、高校卒業後に兄のもとで27年間勤務する。1997年に独立。右/滋賀で精肉店『サカエヤ』を営む新保(にいほ)吉伸さん。飲食店向けに卸す肉は、店主との信頼関係を築いた上で店のスタイルや供する料理に合わせ、香りや味わい、水分量などをコントロールする“手当て”を施す。久雄さんとの付き合いは2015年から。テレビで放映されていた完全放牧牛、ジビーフを久雄さんが求め、縁あって繋がった。

was0871c中東克之さんは1979年生まれ。大学卒業後に東京で経験を積み、2003年、家業に就く。久雄さんに師事する。この日は、『なかひがし』に縁深い人たちに『サカエヤ』の肉を主軸にしたコースを披露することに。開催のきっかけ(前編)には、周囲の「そろそろ久雄さん、克之さんに店を任せたら…」という後押しもある。

前菜——椎茸とミノの白和え

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「百井(ももい)町の椎茸とミノを白和えで繋ぎました。上にはフキの葉とフキノトウを刻んだもの。炙って乾燥させたツクシのポッキーを添えています」。

百井町は、京都・大原にある標高620mの高原の里。寒暖の差が大きく、夜になると霜が降りる。すると椎茸が蓄えた水分で凍り、日が昇ると解凍。その繰り返しで味が凝縮するという。

ミノは阿蘇の赤牛のもの。牧草を食べて育つグラスフェッドであるため、草や野菜と合わせる『なかひがし』の料理に合うと新保さんが考えた。
穀物を食べる牛より臭いは少ないが、克之さんはしっかり湯がいてさらにクセを取る。「椎茸の味より前に出ないように。あくまで主役は野菜ですから」。

椎茸の濃い旨み、添えた山菜の苦みに白和え衣の優しい甘みが寄り添い、ほっこり安心感のある味わいに。そこへ貝のようにサクサクしたミノの食感がリズムを作った。

焼物——走る豚の味噌漬けと春キャベツ

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「キャベツとブロッコリーは味噌と合います。そのため豚は4日間、白粒味噌に漬けてから炭で焼きました」。

豚は、熊本県菊池市の『やまあい村』で放牧飼育されている「走る豚」だ。運動量が多く、体が大きくなるのに時間がかかるが、余計な脂肪分がなく、甘みがあり、臭みが少ない。

春キャベツの上に豚、ブロッコリーのペースト、スナップエンドウと壬生菜(みぶな)の花を重ねた。添えているのは柑橘のジャバラのジャム、乾燥させたゴボウに、芽キャベツと乾燥させた赤ジソ。

豚のまったりとした甘みと旨みに合うペーストやジャムのなめらかな質感。スパイシーさも感じるジャバラや乾燥ゴボウの土っぽい味わいがアクセントとなっていた。

造り——ジビーフと山野草

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「炭でゆっくり焼き上げ、冷ましたジビーフです。野草、野蒜(ノビル)を和えた大根おろし、醤油のムースとよく混ぜてお召し上がりください」。

ジビーフとは、北海道『駒谷牧場』にて完全放牧で育てられているアンガス牛のこと。肉質に締まりがあり、草の香りがするのが特徴だ。当然、草との相性は抜群。

草はレッドマスタード、カラスノエンドウ、スイバ、セリ、タンポポ、カタクリの葉、ワサビ菜、カキドオシ、イタドリ、ワサビの葉の塩揉み、大根の花、ミヤマスミレの花、ウドの新芽、アサツキ。
酸味、苦み、塩味…ジビーフと共に食べると、とてつもない清涼感。合わせる草によって、ジビーフの表情が変わるのも楽しい。

「ジビーフはしっかり噛んで食べて美味しい肉ですが、硬さがちょっと難点でもあります。たくさんの草と絡めて食べられるように、また、草と同時に食べ切っていただけるよう、極限まで薄く切りました」。

was0490h別皿で添えた草。「レストランでのパンのような存在感と思ってもらえたら。箸休めでもいいですし、この後も肉が出るので合わせて食べていただいても」と克之さん。ジビーフに合わせた草に、天然クレソンを足して。

煮物椀——蕎麦とかき揚げ(牛骨つゆ)

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「煮物椀替わりのお蕎麦です。浸けていただくのは牛骨スープから作ったつゆ。カラスノエンドウを主にした野草のかき揚げとご一緒にお召し上がりください。最後に蕎麦湯を出します」。

煮物椀替わりであれば、牛骨スープで椀に仕立てるのが自然。それを克之さんはあえて蕎麦つゆにし、蕎麦とかき揚げを楽しませた後、蕎麦湯を加えて香りや旨みの広がりを感じさせた。2段階で違う表情を楽しませるニクイ演出。かつ、煮物椀の醍醐味である「だしを味わう」ことに食べ手の意識を向ける、スタイルとしての面白みもあった。

牛骨は5時間ほど煮出し、調味料は濃口醤油だけ。脂のリッチ感はあるが、キリッとした後味。蕎麦湯を入れることでまろやかな汁物になった。

箸休め——レバー燻製と菊芋

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続いて、燻製させたレバーを菊芋のせんべいで挟んだ箸休め。

「本日、『吉田牧場』の吉田さんにチーズのマジヤクリをお持ちいただきました。焼いた菊芋と、菊芋のペーストに添えています」。さらに若いイチゴ、イチョウの新芽、黄檗(キハダ)の実を添え、遊び心ある一品に。ナイアガラで作ったワインを添え、甘みとの組み合わせを楽しませる。

炊合せ——ジビーフのソーセージと筍

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「新保さんの了解を得て、近くのソーセージ屋さんでジビーフをソーセージにしてもらいました。合わせているのは筍、白菜の菜の花とワラビ。それぞれに火入れし、炊合せ感覚で食べていただく一品です」。

炊合せは、サッと炊いた野菜の美味しさを伝えられる、日本ならではの料理。牛肉を合わせるならば、すき焼きやしゃぶしゃぶにするという手もあるが、克之さんのセンスで今回はソーセージに。
スパイスや調味料を利かせず、肉々しく素朴な味わい。糠を加えることでジューシーに仕上げ、アク抜きに糠を使う筍とも親和性のある一品となった。

強肴——近江牛と山独活の炭焼き

後半の山場は、炭で焼いた近江牛のモモ肉。

「この料理を出したのは、ちょっとワケがありまして。私が子どもの頃、学校から帰ってくると車が停まってることがあるんですが、それは大将、つまり父親からの『バーベキューに行くぞ』という合図でもあるんです。途中、お肉屋さんに寄って、炭を熾(おこ)して、火を囲みながら塊肉をみんなで食べる。それが私の幼い頃の肉の思い出であり、父親との思い出なんです。この店は炭を囲める設えなので、今日は当時のバーベキュースタイルでお出ししたいと思います」。

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肉の切り方にも克之さんの考えが。

「筋を断つとか沿うとかじゃなく、塊肉を乱切りでお出しします。『美山荘』の先代の言葉に『自然の中で力強く育った生命力の強い食材に対して、行儀よい調理では食材に負ける』というものがあります。強い食材に対しては、時に荒々しく、大胆な調理も必要ということです」。

添えたのはフキノトウソースと白味噌のソース、焼いたウドと菜の花、フキノトウの花の素揚げ、大根の花。野趣溢れる草や山菜だ。

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「うちは『草喰』を冠しておりまして、『草を喰む』料理を出すんですが、書道の『真行草』の草の字にも当たります。『草』とは、普段使いの崩し字のこと。今日はある種、特別な日ですが、『草』に倣って肩の力を抜いた提供の仕方もいいかなと思ったんです」。

スタイルとしての気楽さに加え、焼けた面から削いだ肉は1切れごとに食感や味が異なり、食べ手を楽しませる。

新保さんは、「面白い仕掛けですし、親子のストーリー性も相まって素晴らしい料理だと思いました」と評した。

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ご飯物——まかないカレーとワラビ

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「ジビーフのヘタと玉ネギのみで作ったカレーです。添えてるのは叩いたワラビ。スタッフみんなで、まかないとして食べているカレーです」。

シンプルな材料で仕立て、スッキリとした後味。粘り気のあるワラビが絡む。スパイスと塩はギリギリまで抑えてあり、白米の味を消していない。

デザート——きな粉シャーベットとわらび餅

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「わらび餅の上にきな粉のアイス、野ニンジンの葉と花で香りを添えています。これは、土に見立てたきな粉の下にワラビの根が張り、地上に葉と花が咲いている様を表現しています」。

添えているのは無農薬夏ミカンのマーマレード和えと、上賀茂で育ったイチゴ。大小あるが、どちらも同じ畑の同じ品種だ。
「見栄えがいい、大きさの揃った作物がいいものとは限りません。大小どちらにも持ち味があり、それを生かすのが料理人だと思っています」。

最後はお馴染みの水出しコーヒーをサーブ。蕎麦の実と黒糖の金平糖、蘇の小菓子で締めくくった。

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克之さんが短い挨拶をした後、久雄さんが口を開いた。

「みなさま、本日はありがとうございました。感無量です。……渡すか渡さないか、迷ってたんですけど、コレ、継承のカギ。渡したら継承ってことです」。

was1039_1025sこの日、久雄さんが首からかけていたカギのネックレスを克之さんに渡した。「継承」を意味するという。

女将の仁子さんも「今日、美味しかったです、ほんとに。母親が拍手してどないするんやと言われると思うんですけど。長男だけに一緒にいることも多いし、ぶつかることも多かったんですが…。これからは長男をお引き立ていただきますよう、よろしくお願い致します。従業員一同、今日は大変だったんですけど、よく頑張ってくれました。ありがとうございました」と締めくくった。

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「継承」といっても、すぐさま久雄さんから克之さんに切り替わるわけではない。久雄さんもまだまだ元気、板場にもしばらく立ち続ける。

今回の「肉×草・野菜」の料理を食べて、『なかひがし』の料理における理(ことわり)が克之さんに伝わっていることを確信し、任せていきたい、という想いを持てたこと。それが、カギを渡すことに繋がったのだろう。

立ち会ったメンバー全員、安堵の表情で店を出た。

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