日本料理のことば

「たたき」とは?

料理用語で「たたき」といえば、炙って造り身にするカツオのたたきを第一に思い浮かべるでしょう。別名「土佐造り」といい、高知の郷土料理としても有名です。また、たたきには庖丁などで叩く(=細かく切ったり砕いたりする)料理にも広く使われます。ではカツオの場合も、切る作業に由来することばなのでしょうか。もしくは味をなじませるために、炙った面を叩くから?——実はさらに別の料理を指す言葉でもあったのです。

文:「辻󠄀静雄料理教育研究所」今村友美 / イラスト:松尾奈央(Factory70) / 協力:辻󠄀調理師専門学校

目次

「たたき」には3つの意味がある⁉

日本料理で「たたき」といえば、次の2つが代表的です。

①カツオのたたき

節おろしにした身を皮つきのまま火で炙り、厚めの造りに。塩や酢、醤油などでしっかり味をつけ、薬味をたっぷりのせてなじませるように庖丁の腹で叩き、ニンニクやからしなどの辛味を添えて食べる料理。高知の郷土料理として知られ、土佐造りともいう。

②たたき(アジやイワシなど)

細造り、あるいは粗刻みの刺身のこと。骨ごと叩いた身の場合もある。
酢や味噌などで和え混ぜする場合は、「なます」や「叩きなます」と同義。

たたきはその名の通り、叩く、すなわち細かく切ったり砕いたりする作業を指すので、江戸時代の記録には、魚や貝や鳥を叩くという②に類する作業が散見されます。今のように①を表すのは後の話で、本格的には江戸後期から明治以降の話のようです。

ところが、たたきは、そのいずれでもない「塩辛」を指すことがあるのです。しかも、先の2つの意味より歴史としてはずいぶん古い様子。例えば、室町期の往復書簡『新撰類聚徃来(しんせんるいじゅおうらい)』には、饗応の食べ物として「鮓(スシ)、扣(タゝキ)、醢(ナツシモノ)」と魚の発酵食品が並びます。他にも、「タタキ」の読みを発酵食品にあてる文献が散見されることから、江戸時代に入っても、塩辛を指す場合と叩く作業を指す場合が併存していたのでしょう。

カツオのたたきは塩辛だった

実は、カツオに限っていえば、たたきは塩辛を意味していたようです。ヒントとなる古い記録として、慶長(1596~1615年)の初期、安芸(今の広島県)の文書の中に、土佐(高知県)藩主・山内一豊の弟へ進上した品として、「鰹たたき 一桶」とあることが知られます。桶に入った進物なら、たしかに塩辛の類と考えるのが自然かもしれません。

『本朝食鑑』(1697年)、『和漢三才図会』(1712年)といった江戸時代の主要な事典を見ても、カツオのたたきの解説は総じて塩辛を指しています。『和漢~』によると、「鰹醢、俗にいうタタキ。肉の切れ端や小骨を敲(たた)き和して、醢(しおから)となす」とのこと。まさに、叩くという作業に由来することばです。カツオの本場・土佐における献立記録でも猪口や小皿に盛られていることから、またその後も同様の記載内容が続くことから、江戸後期までは、カツオのたたき=塩辛を指したと考えられています。

炙り刺身がたたきになったワケ

今のカツオのたたきに似た料理は、江戸時代の料理書に登場します。料理としての原形は、塩辛ではなく、炙り刺身や炙りなますのようで、その名称は「鰹火焼膾(ほやきなます)」や「焼き作り(焼き切り)」といったもの。なぜ、この料理は「カツオたたき」と呼ばれるようになったのでしょう。

数々の記録から推定されるうち、よく知られる説をまとめておきましょう。1つ目は、塩辛のたたき、あるいは叩きなますにおける、魚肉を切って叩く意味から生まれたものという説。塩辛たたきの後に生まれた新しい風として、呼び名だけが転用されたというものです。2つ目は、高知県西部には魚の表面を焼いて刺身にし、塩をふって庖丁の腹で叩く「塩たたき(あるいは沖たたき)」という料理があり、それが転じたという説。酢をざぶっとかける場合もあるらしく、沖なますの発展形と言えそうです。3つ目は、高知では、塩辛の意味でのたたき呼びは根付かなかったので、ついに意味の取り違えが起こったという説です。その他には、明治時代に高知にきた外国人が、カツオを半焼きにしてタルタルステーキ風に調理したのが、訛って「タタキ」になったという珍説もあります。

明治後期のグルメ雑誌『食道楽』には、鮮度の良いカツオを炙り、下駄作り(厚く切るカツオの造り方)にして塩を振り、ポン酢を振って庖丁の腹か手のひらで叩くのでたたきと呼ぶと書かれています。味をなじませるための叩く作業を、名前の由来とする説は、少なくとも明治にはあったようです。

最後に酒盗について触れておきましょう。先に紹介した江戸中期の『和漢三才図会』の、たたきの次に、酒盗の解説が出てきます。「酒盜 鰹の腸(わた)を醢(しおから)となし、〈中略〉肴となせば酒が益ゝ進むゆえに名がある」——すなわち、肴にすると、酒がますます進むことから命名されたとあります。これを見る限り、酒盗ということばの由来は、酒を“盗んでまで”飲みたくなるというより、酒がどんどん欲しくてたまらなくなる“酒泥棒”な肴だから、と解釈した方がよさそうです。

▼カツオのたたき 酒盗ソース添えのレシピはコチラ

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