日本料理のことば

しぎ焼き(鴫焼き)とは?

ナスを揚げ焼きや煮浸しにしたり、料理名のシギ(鳥の名)に見立てて鳥肉を合わせたりすることもある「しぎ焼き」。ですが元来、しぎ焼きとはナスに味噌をつけて炙り焼きした料理のこと。ナス味噌田楽の一種です。ではなぜ、シギの名がつくのでしょう。理由を探るため古い書物にあたると、イラストの「鴫壺(しぎつぼ)」というユニークな料理にルーツがあるとか。その変遷をみていきましょう。

文:「辻󠄀静雄料理教育研究所」今村友美 / イラスト:松尾奈央(Factory70) / 協力:辻󠄀調理師専門学校

目次

鳥の名が付いた茄子料理

しぎ焼きとは、一般にナスに油を塗って、味噌をつけて炙った料理のことです。古くは、ナス味噌田楽を表す江戸ことば(方言)でした。

江戸時代初期の代表的料理書『料理物語』における「しぎ焼き」の項には、「なすびを茹でて〈よきころに切り〉、串に刺し、山椒味噌をつけて焼くことなり」と書かれています。中期には、ナスに油を塗ってから味噌田楽にしたり、山椒、柚子、唐辛子といった香味を加えた味噌を合わせたりするレシピも見られ、アレンジの幅が広がっていきました。江戸時代のしぎ焼きは、作り方の細かい差こそあれ、あくまでナスの料理。シギ(鴫)ばかりか、他の鳥肉すら使われていないのです。

シギは古代より罠で捕って食べられてきました。中世の饗応膳には“美物”(ごちそうの意味)として登場しており、鳥料理が大衆化した江戸時代には、料理の具とするレシピも確認されます。先に紹介した『料理物語』でも、主要な食用鳥にシギの名が見え、汁物、煎り焼き、焼鳥、味噌煮込みといった調理法が記されています。鳥食は珍しいことでもなく、同じ本に載っていることからも、肉食の禁忌から茄子のしぎ焼きが生まれたわけではなさそうです。

ではなぜ、シギとナスが結びついたのでしょうか。

ナスを壺状にした「鴫壺」が語源

江戸時代の人たちも、同じ疑問を持っていたようです。その答えとして、江戸後期の随筆集では「今の茄子のしぎ焼きは、鴫壺焼(しぎつぼやき)が転じた」と解説しています。この料理は、江戸時代以前に成立した庖丁流派の相伝書に見られます。

『武家調味故実』(1535年)には「鴫壺(しぎつぼ)」が出てきます。作り方は、「漬け茄子をくり抜いて、シギ肉を調理して入れ、柿の葉で蓋をし、藁の芯で縛ることもある。石鍋で酒煎り。(中略)蓋にシギのくちばしを刺す」とあります。ナスを壺状にし、シギ肉を入れた料理です。ちなみに、丸々と肥えたシギを模したのであろうイラストも添えられています。

少し後に書かれた『大草殿(おおくさどの)より相伝の聞書』(1535~73年)に出てくるのは、「鴫の壺入り」。解説によると、壺は茄子を指し、代わりに茄子形の木製の壺を使ってもよいとのこと。食べ方の作法も書かれており、中からシギ肉を取り出す描写があります。よって、これもシギ肉入りの茄子(あるいは木の壺)の料理でしょう。

『庖丁聞書』(16世紀後半)には、「鴫の壺焼」の記載があります。「生茄子の上に枝でシギの頭の形を作って置く。柚子味噌にも用いる」とあります。断定はできませんが、どうもシギ肉は使っていなさそうです。

このように、鴫壺/鴫の壺入り/鴫の壺焼では、確かにシギと茄子の関係が見られます。しかし、将軍や大名の台所を預かる庖丁人らが記した料理本ということもあり、まさに“手の物”(古い言葉で、技巧をこらした料理のこと)といったところ。江戸時代になり、庶民を中心とした文化の中で生き残るには、あまりにも手が込みすぎていた。料理名やその由来としては鴫壺にルーツがあるけれども、「見立て」のことば遊びだけが残って、茄子味噌田楽の形として定着したと考えると良いのかもしれません。

ことば遊びの例として、「鴫炙(しぎやき)や 茄子なれども とり肴」という江戸前期の俳諧があります。取肴とは、心づくしのごちそうを器に盛って出し、銘々が取り分ける酒の肴。鴫炙は茄子料理なのに、シギの名を持つだけに取(鳥)肴にされる、ということです。400年近く前の人がことばの連想で楽しんでいるのだから、今の料理人も遊び心満載でしぎ焼きを作ってもよさそうです。

▼ナスのしぎ焼きのレシピのレシピはコチラ

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