世界No.1フーディー浜田岳文×和食を“変える”料理人

静岡・焼津『茶懐石 温石』杉山乃互編。Vol.1『サスエ前田魚店』前田尚毅との運命の出会い

“世界No.1フーディー”の浜田岳文さんが和食界に新風を吹き込む料理人と語らい、その魅力に迫る今企画。第1回目に訪れたのは、静岡・焼津(やいづ)にある日本料理店『茶懐石 温石(おんじゃく)』です。浜田さんが特に注目するのは、店主・杉山乃互(だいご)さんと魚屋『サスエ前田魚店(うおてん)』前田尚毅(なおき)さんの二人三脚で挑む店づくり。そして、切磋琢磨する静岡のトップシェフたちや漁師との関係。今回は特別に前田さんにもご参加いただき、全3回にわたってお届けします。

文:阪口 香 / 撮影:喜多剛士 

目次

浜田岳文さん(「株式会社アクセス・オール・エリア」代表)

1974年、兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮の不味い食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国を踏破。一年の5カ月を海外、3カ月を東京、4カ月を地方で食べ歩く。「OAD Top Restaurants」(世界規模のレストラン投票システム)のレビュアーランキングで2018年度から5年連続で1位を獲得、国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信している。

杉山乃互さん(日本料理店『茶懐石 温石』店主)

1984年、静岡県焼津市生まれ。祖父・父親が料理人であったことから自然と料理の世界を目指すようになる。修業に備えて高校時代から『サスエ前田魚店』で魚の水洗いなどを勉強し、卒業と共に父親が修業した東京・目白の名店『和幸(わこう)』(閉店)に入る。24歳で焼津に戻り、父と共に『温石』に立つ。その後店を継ぎ、2019年に改装。個室のみだった店内にカウンターを設えた。

前田尚毅さん(魚屋『サスエ前田魚店』五代目)

1974年、静岡県焼津市生まれ。水産学校時代から市場で競りの記録係を務めるなど、魚関連の仕事に勤しむ。卒業後、水産会社で流通や仲卸しの仕事を学び、家業である魚屋『サスエ前田魚店』に入る。“天然の生け簀”と呼ばれる駿河(するが)湾で獲れる魚を飲食店ごとに仕立てる技が評判を呼び、国内外のトップシェフからオファーを受けるように。レストランガイド「ゴ・エ・ミヨ2021」では、優れた生産者に贈られる「テロワール賞」を受賞した。

魚屋が先導する「チーム静岡」の“メイド イン 焼津”

浜田岳文(以下:浜田)
料理屋を目指して地方へ足を運ぶグルメな方が増えましたが、中でも静岡は近年、注目を集めるエリアの一つ。特に、天ぷら『成生(なるせ)』、『なかむら』、『日本料理FUJI』、イノベーティブ『シンプルズ』、イノベーティブフレンチ『馳走西健一』、そしてこちらの『茶懐石 温石』はよく話題に上がり、予約が取りにくい店となっています。
どのお店も、今回お越しいただいた魚屋『サスエ前田魚店』の前田尚毅さんから仕入れる魚を主軸にした料理を提供しています。とは言え、前田さんはただ魚を卸しているだけじゃない。各料理人や漁師と強固な関係を築き、また、両者を繋ぐことで「チーム静岡」としてのレベルアップを計っています。
これまで世界各国の食文化に触れてきましたが、魚屋がその土地の食シーンを引っ張っているという例は見たことがないですね。
前田尚毅(以下:前田)
けっこう、遠回りしてきましたよ。でも一つの市に3軒、全国からお客が来てくれるような店をつくったら宿泊する人が増えて、観光が生まれて、街が潤うと信じていたので。
7~8年ほど前に、ようやく『成生』の志村剛生(たけお)がポン、とブレイク。それをきっかけに、「一緒にやりたい」と言ってくれる料理人が増えてきて。2番目に成功したのが乃互(だいご)だな。

➡天ぷら『成生』志村剛生さんと前田さんの二人三脚のストーリーはコチラ

杉山乃互(以下:杉山)
東京での修業から帰ってきた頃、お二人が真剣に静岡で勝負して、どんどん結果を出していく様を見て。尚毅さんに「自分もお願いします」と頭を下げに行きました。
前田:
ちょうど自分も“メイド イン 焼津”の料理人と切磋琢磨できたら、と思っていた時で。志村は神奈川出身ですけど、乃互は生まれも育ちも焼津。地元への愛着がある。とは言え、地元の料理人なら誰でも良かったワケではなくて。乃互には絶対伸びると感じさせる技術とセンスがあったし、マジメな気質だったのも良かったです。
浜田:
僕が今回、『温石』の名前を挙げさせていただいたのも、その点が大きいですね。前田さんの魚の素材力は素晴らしいけど、そこにおんぶにだっこではなく、料理の完成度を高めようとする意識がとても強い。
杉山:
前田さんの魚って、F1カーみたいなもの。アクセルベタ踏み、超高速。それを、うまく操縦するのが僕の仕事で、できなければ使う資格はない。もちろん、造りで出す方が美味しいものもあるのですが、手をかけることでポテンシャルを引き出せるなら、そこを磨くのが料理人の使命だと思っています。
浜田:
そして、コースの抑揚のつけ方も絶妙だと思うんです。
例えば、㎜単位でマイナーチェンジし続ける夏の定番・アジのキュウリ巻きや、提供3時間前に釣り上げたパワフルな素材力を放つカツオの合間に、小さなマメアジの唐揚げがスッと出されたりする。こうした港町に来たからこそ感じられる味わい深さがコースに緩急を生み、グッと心を掴まれるんですよね。
さらに最後まで手綱は緩めず、ご飯物まで一捻(ひね)りあるものを提供される。前田さんの魚を使えば、正直、ヅケ丼とかでも十分美味しく食べられるし、杉山さんも他の料理に手をかけられるのに。
杉山:
この後、お二人に召し上がっていただきたいご飯物がありますので楽しみにしていてください(笑)。

一品たりとも気が抜けないのは、『日本料理FUJI』藤岡雅貴さんの存在が大きいです。
「せっかく静岡まで来たんだから」と飲食店をいくつか回られるお客様が多く、昼に『FUJI』、夜に『温石』という方もいらっしゃいますから、「『FUJI』より面白いものを作らないと!」という気持ちは常に持っています。
浜田:
どちらも前田さんから仕入れる魚で作る日本料理店=競合だからこそ、料理人としての個性というか、付加価値を出そうとした結果なのですね。
杉山:
仲間であり、良きライバル。この関係性も大事だと思っています。

ham2079e『温石』の店内。炭焼き場を囲うようなコの字カウンター。他に個室が2つある。
昼・夜共におまかせコース19800円のみ(貸切利用時は22000円)。茶懐石の精神を礎にしつつ、魚を主軸に、静岡食材の良さが印象に残る約13品を提供。キンメダイの鱗(うろこ)焼きをシグネチャーとし、必ず組み込む。

“游がせ”で運ばれる、ヒイカの料理

浜田:
最近は、漁師さんたちとの連携も密になっているんですよね。
前田:
ここ1年弱のことですよ。ずっと働きかけてようやく体制が変わったり、同世代や年下の漁師が出てきたりして。
「料理は魚が針を食った瞬間から始まる」っていうことを何年も伝えて、釣り方、船の上での冷やし方に工夫をお願いしてきました。
杉山:
こちらが、尚毅さんが漁師さんに頼んで「游(およ)がせ」で運んでいただいたヒイカです。

ham2098f

浜田:
とっても美しいですね!
前田:
これ、バカ美味いよ~(笑)!
この辺りではジンドウイカと呼ばれてます。ホタルイカとかは比較的、游がせて持ってくることは簡単なんですが、これは難しい。ガサッと網で獲って傷がついたら、すぐ死んじゃうから一匹ずつすくうようにしないと。漁師さんのおかげです。
杉山:
これをお粥にしました。どうぞ、お召し上がりください。

ham2325g

ham2343hカツオ昆布だしで炊いたお粥に塩で味を付け、塩茹でしたジンドウイカを合わせ、黄身醤油をかける。自家製のイカスミ塩、花穂ジソを添えて提供。

浜田:
游がせだからといって生で提供するワケではないのですね。
杉山:
新鮮で状態がいいからこそ、火を入れても旨みの残り方が違うんです。一番だしは使いますが、調味は塩のみ。このイカは塩との相性が良く、その塩梅で味のピントを定める、というイメージです。黄身醤油は肝の延長線上にある味わいなので、かけて全体をまとめています。
浜田:
とても美味しいです! 風味は濃厚なんですが、どこまでも澄んだ味わい。イカの美味しさってある程度理解しているつもりでしたが、別ものですね。こんなにインパクトのある料理になるなんて驚きました。

前田さん、いかがですか?

ham2367i

前田:
こう来たか!って感じですね。美味い。乃互なら、揚げたものと焼いたものをご飯に加えて、その蒸らしで味を膨らませるのかな、と。

気になる点があるとすれば、若干、イカの身がつっぱってるところ。火を入れすぎかなぁ。
杉山:
始め、弱めに火を入れたんですが、肝が生っぽくて気になったんですよね。そこで、少ししっかり火を入れて、柔らかいお粥をまとわせることで食感のバランスをとった、という感じです。
浜田:
お二人とも、素材本来のポテンシャルを知っているからこそのご意見ですね。

地方で地元の食材にこだわるお店が増え、近年は単純に「使ってます」ってだけでは勝負できないところにきています。この料理のように、料理人のクリエイティビティに触れると「ここまで来てよかった」と思えますね。

「夜な夜な会」は、魚屋・料理人に漁師も加えて

浜田:
前田さんは「チーム静岡」のお店の営業後に、希少な魚種や下処理を変えた魚を持ち込み、店主が料理したものを試食するという勉強会を行っていらっしゃいますね。
前田:
「夜な夜な会」ですね。もともとは天ぷら『成生』の志村と始めたんです。開店時は、1カ月のうち25回くらい行ってて。1週間でかき揚げ50個とか食べてましたよ(笑)。今では6店舗に増えたので、そこまで行けませんが。
浜田:
魚屋で、そこまでやっている人を見たことがありません。

ham2811j

前田:
昔からよく親父に「料理を食べに行け」って言われてて。その中で食べることの大切さを理解していたんだと思います。
浜田:
「夜な夜な会」ではけっこう厳しいことを言われるのですか?
前田:
いや、目的としては自分の仕事の確認なんですよ。魚って同じものは2つとしていないんで、どうしたって100点に持っていくのは難しい。でも、なるべく近づけるようにはしたい。だから、その日に入った魚で、どういう下処理をしたら良かったのかという改善点や自分の弱点を見つけたいんです。
杉山:
最近では、前田さんが漁師さんを連れてきてくださることもあって。その時は、獲った魚がどれだけ美味しい料理になるのかを感じていただきたいので、気合いが入りますね。獲り方が違う同じ魚種の魚を食べ比べてもらうこともあります。
浜田:
それ、大事なことだと思います。
ビジネスの世界では、商品をユーザーがどう感じているかというマーケティング、競合となる他社の商品を分析するのは当たり前のこと。ですが、一次産業に携わる人、特に魚と肉の生産者の大半が、自分の出荷したものがどう提供されているのか知ることがない。もったいないと思っていたんです。

金沢の『すし処 めくみ』の山口尚亨(たかよし)さんは能登の漁師さんを応援しているのですが、ある時、「この魚種は富山の氷見で獲れるものの方が美味しいよ」と言って食べさせたらしいんですね。すると、自信満々だった能登の漁師さんたちが無言になって…。でも、自分たちが一番じゃないと気づいたら、どうしたら近づけるか、違う売り方ができるかってことを意識するようになった。そういう気づきを得る機会を作るのは大事だと思います。
前田:
「夜な夜な会」に参加して、漁師たちも「俺の獲った魚が予約の取れない店に行ってるんだ」「この店の評価を落としたくない」と言ってましたね。
杉山:
誇りに感じてくださっているのが表情から伝わるので、このいいサイクルを繋げて、もっといい料理を作りたい、とこちらも奮起します。
浜田:
漁師、魚屋、料理人の三人四脚で、「チーム静岡」はますます強くなりそうですね。

次回に続く)


『サスエ前田魚店』
【住所】静岡県焼津市西小川4-15-7
【電話番号】054-626-0003
【営業時間】10:00~17:30
【定休日】水・日曜
【公式HP】https://sasue-maeda.com/
【Facebook】https://www.facebook.com/sasue.maeda/?ref=embed_page
【Instagram】https://www.instagram.com/sasue812/

フォローして最新情報をチェック!

Instagram Twitter Facebook YouTube

この連載の他の記事世界No.1フーディー浜田岳文×和食を“変える”料理人

無料記事

Free Article

おすすめテーマ

PrevNext

#人気のタグ

Page Top
会員限定記事が読み放題!

月額990円(税込)初回30日間無料。
※決済情報のご登録が必要です