魚屋との二人三脚で上り詰めた、静岡のトップランナー・天ぷら『成生』の新章
全国のグルマンが足を運ぶ、静岡の天ぷら専門店『成生(なるせ)』。2021年3月に移転したことで、ますます注目が集まっています。人気の理由は、焼津(やいづ)『サスエ前田魚店』の前田尚毅(なおき)さんと2人で作り上げたこの店でしか食べられない味。それは、地産地消の枠には留まりません。業種が違うお互いを「ライバル」と呼び、高め合い続ける関係。また、進化し続ける天ぷらの技術に迫りました。
「3000円でも高い」静岡の天ぷらを変えた、料理人と魚屋
店主・志村剛生(たけお)さんが新静岡駅近くに『成生』をオープンしたのは2007年。それまで静岡に天ぷら専門店はほとんどなく、「天ぷらに3000円払うのも高い」というのが地元感覚。そのため、初めはコースに寿司や蕎麦も用意していたという。「天ぷら一本でやっていく自信がなかったんですよね」。しかし、徐々に「もっと天ぷらが食べたかった」という声が増え、志村さんはいよいよ舵を切った。「こちらには、最高の魚を仕入れる“相棒”がいますから、天ぷら一本で勝負していこう! と思えたんです」。
志村さんは1975年、神奈川県川崎市生まれ。東京農業大学にて畜産学を専攻。卒業後、オーストラリアへ留学し、シドニーの日本料理店でアルバイトを始める。帰国後、焼津の割烹へ修業に入り、天ぷらコーナーを任された。
その相棒とは、静岡・焼津で魚屋を営む『サスエ前田魚店』の前田尚毅さん。主に駿河湾で揚がる魚を自店で販売、また、飲食店へ卸している。東京なら『傳(でん)』、『鮨 よしたけ』、『鮨 三谷』『NARISAWA』……和洋に関わらず、名店が名を連ねる。
その魅力は、魚の目利きと鮮度を損なわない下処理、そして仕立てだ。前田さんは卸先へ出向いて料理をインプットし、それに基づいて仕立てる。魚の下ろし方に脱水や保水の仕方、箱への魚の詰め方、氷の位置。一つとして同じ仕事をしない。
▼静岡・焼津『サスエ前田魚店』前田尚毅さんの仕事の詳細はコチラ
そんな全国から注目を集める前田さんが、かつてから実現したいことがあった。
「静岡の卸先で、全国からお客が来るような店を作ること。それも、圧倒的なトップランナーです。世界で見ても、デンマークの『ノーマ』や、スペインにあった『エル・ブリ』もそう。その一軒ができたら、周囲に追随する店ができて、街が変わるんです。志村は割烹で働いている時から昼休みに寿司屋へ勉強しに行くような人間。畑違いの所へ、頭下げて勉強させてくれっていう気持ちの強さはすごいな、と。絶対、芽を出すと思っていました。しばらくしたら、独立するって訪ねてきて」。
それからの二人三脚。その仕事が凄まじい。
前田さんは、1974年、静岡県生まれ。母親の背中におんぶされている時から港の空気を吸い、刺身の切れ端を口に入れてもらうと笑顔になっていたそう。小学校へ行く前には港で水揚げを見るのが日課に。静岡県立焼津水産高等学校時代には、セリの記録係を務めるなど魚に関わるアルバイトに勤しんだ。
二人三脚で作り上げた味
『成生』オープン以来、二人で続けているのが「夜な夜な会」だ。多い時には毎日、今までに扱ったことのない種や大きさ、状態のものが入ると、前田さんが閉店後の『成生』に持ち込み、志村さんが考えうるだけの方法で揚げに揚げ、二人で吟味。そのデータを蓄積し、いつ、どんな魚がきてもいいようにした。
「それでも、いざカウンターに立つと、その通りにしないこともあります。前田さんからも『その時に閃いたら、それで行け』って言われているんで」と志村さん。前田さんも、「自分もセリに出て、『いい甘鯛揚がってるよ』って言われていても、全く買わないこともある。やっぱり、その舞台でしかできない判断があるんで」と、お互いの信頼関係の強さを感じさせる。
他にも、前田さんは毎日『成生』の冷蔵庫の中に残っているもの、翌日、誰が予約しているのか、そのお客が前回何を食べたか、好みは、何と言っていたかまで把握し、店に届ける魚を決める。そうして培った2人の天ぷらの評判は瞬く間に全国のグルマンの耳へ届き、予約のとれない店となった。
今回の移転の話が出てきたのは3年ほど前。2人の「もっと高みへ」という気持ちから、自然なことだった。「店として不十分なところをクリアしたかったんです。客席を広くして、待ち合いスペースも作って。何より、朝、魚を仕入れてサッとしまえるスペースが欲しかった。箱のまま冷蔵庫に入れられるようになったから、いい状態をキープできます」と志村さん。
移転した、木造平屋建ての『成生』。設計は、京都『木島徹建築設計事務所』。室町時代後期の武将、太田道灌(どうかん)が築造したという庭園を眺められるカウンター。
二人三脚から、漁師・魚屋・料理人の“3密”へ
前田さんも奮起した。「従来の仕事じゃダメだ、新しい店ではさらに上にいかなきゃいけない。そこで、漁師に向き合う姿勢を変えました」。
釣った魚は、絶命するまでの間に体温が上がる。それが味の劣化に繋がるため、前田さんは「料理は漁師が魚を釣ったところから始まる」と、船上で芯まで冷やしてもらうよう懇願。限られたスペースの上で大量の氷を積み、釣ったそばから魚にしっかりと氷を当てるのは大変な手間だ。「同年代や若い漁師がでてきて、ようやく同じ目標を持ってもらえるようになりました」。さらに、「誰がどんな想いで釣って、仕立てて、料理しているかを、互いに知らなきゃいけない。漁師、魚屋、料理人が“3密”にならないと。そしたら、やっぱり最後の作品である、料理が変わるんですよ」と続けた。
前田さんが『成生』に卸したメバル(手前)と甘鯛。丸々と太っていて、目が澄んでいる。
進化し続ける、“ここだけ”の天ぷら
『成生』の調理は「常に変えていっています。今日はこの方法でも、明日は違うかもしれない」と志村さんは言う。
衣は、「軽く、繊細に仕上げたいので、必要以上のグルテンを活性化させないように下準備をします。ポイントは、冷やすことと刺激を与えないこと」。
タンパク質含有量の少ない薄力粉を選び、空気を含ませるよう細かいふるいにかけ、カウンター1回転分をマイナス50℃の冷凍庫に入れる。2週間かけて芯まで冷やしつつ、寝かせるのだ。
天ぷらを揚げる直前、荒いふるいにサッと通し、ギリギリ凍らない2~3℃に冷やした水、卵と合わせる。もちろん、配合はネタによって変える。
ネタへの打ち粉は、しっかり蒸らしたい素材のみ。特に、レンコンやカボチャ、サツマイモなど、油の中でじっくり揚げたいものが多いという。打ち粉をしなければネタと衣の間に油が入り込み、表面が脱水する。魚の皮などの香ばしさや凝縮感を出したい場合は直接衣をつけ、蒸したい身の部分は打ち粉をする、といった要領だ。
油は、太白ゴマ油と、焙煎ゴマ油をブレンドし、「五感をフルに使って揚げています」。
鍋に火をつけ、油の揺らぎ、サラサラになってゆく様子を見て、ネタを入れる。オクラなどは衣をある程度散らすため投げるように、銀杏なら油の表面を滑らせるようにゆっくりと。
揚げている間は、常に火を操る。
初めは、衣の水分を抜く火入れ。驚くことに、衣が固まったと判断したら、なんと火を“消す”のだ。衣が薄く素材がデリケートなものなどは、火を消してからネタを投入することも。
「火を入れ続けると、必要な水分まで抜けてしまうんです。ネタがバチバチッて音を立てますよ。火を消せば、温度はどんどん下降していく。すると、中のネタが蒸されるんです。やがて油の上に蒸気が上がってくれば、あとは引き上げるタイミングを見計らいます」。
見た目や泡の出方、音、箸から伝わる触感、香りなど。あらゆる要素を見極め、頃合いを判断する。甘鯛など、ウロコの香ばしさをしっかり出したい時は、最後に再度火をつけ、香ばしさを出して仕上げることもあるという。
甘鯛は、提供直前にウロコを間引く。「そこに油が入り込み、皮が収縮する。すると、ウロコがキレイに立ち上がるんです」と志村さん。
左はカサゴ、右はオクラの天ぷら。 コースは、前菜、造りの後、天ぷら7種、サラダ、天ぷら6~7種、食事、煎茶、デザートという流れ。天ぷらは、魚と野菜を混ぜつつ展開。
甘鯛の立たせたウロコのカリカリ感、蒸されてほわほわとなった身の食感のコントラストと凝縮した旨み。オクラの薄い衣のパリリとした食感、そして噛むほどに出てくる粘りと鼻に抜ける青い香りがたまらない。
決して高級食材を使うワケではない。季節によってはイワシやアジ、野菜なら芋だって、ここでは何ものにも代えがたいご馳走となって並ぶ。
前田さん曰く「持ち味がぐっと引き出されていると『ちきしょー!やられた!!』って思うんですよ(笑)。志村はライバルですから」。志村さんもその想いに応えるように「漁師と魚屋をビックリさせたいんです。『あなたたちが繋いでくれた魚は、こんなに美味しくなるんだよ』って。こっちを向いていて欲しいのは、お客さんだけじゃない」。
2人の信頼関係こそが生む、唯一無二の味。その進化を求めて、全国から引きも切らず客がやって来る『成生』の存在は、きっと静岡という街を変えていくに違いない。
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【住所】静岡県静岡市葵区丸山町12-2
【電話番号】054-295-7791
【営業時間】12:00~14:30、17:30~。火曜は17:30~19:30、19:30~22:00
【定休日】土曜
【お料理】昼・夜/25410円。※サービス料込。
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