関西・地酒の星

KURAMOTO │ 奈良・都祁(つげ)『倉本酒造』

少量の米を大切に醸した渾身の酒は、真っ直ぐで、爽やかな造り手の印象と重なる。製造量は、70石と実に小規模。けれども、その内訳は本当に自分が造りたかった酒。生まれた場所から遠く離れた街で思いを馳せたのは、両親が酒を醸す山間の蔵。長い心の準備期間を経て始まったばかりの酒ストーリーは。

文:藤田千恵子 / 撮影:東谷幸一
■年表
専務取締役・杜氏 倉本隆司さん
1981年 奈良市都祁で誕生
2000年 東京農業大学醸造学科入学
2004年 『森永乳業』入社
2015年 『倉本酒造』入社。
     酒類総合研究所の研究生に
2017年 杜氏就任
2018年 「KURAMOTO」ブランド誕生
左から、奈良の伝統的手法・菩提酛(ぼだいもと)による純米酒「つげのひむろ」3000円。自家田の夢山水を吟醸造りで醸した純米酒「倉本」3000円。県産米と奈良のうるわし酵母による設計にリニューアルした「金嶽」2600円。上の写真で倉本さんが手にするのは、「KURAMOTO64」2900円、「KURAMOTO50」3300円。すべて1.8ℓの価格。

“知らない土地”で思ったこと

ゆくゆくは酒蔵を継ぐ。だから、東京農大醸造科へ。多くの蔵元のご子息がそう進路を定めるように、倉本隆司さんも同校に進学した。自分は『倉本酒造』七代目を継ぐのだからと。ところが、奈良への帰郷を考える段階で父の嘉文さんの意向を聞いてみると「無理に継がんでもええ」というニュアンス。あれ。後継者は、急に梯子を外されたような状態に。

「継がなくていいのか。じゃあ何でもできるなあ、と思いました。ならば大手の企業に就職して、いろいろと経験してみようと。菩提酛(ぼだいもと)は乳酸菌で造ることを知っていたので、乳酸菌を研究できたら面白いなと考えて、乳製品の会社に就職したんです」。
配属された部門では、乳酸菌を扱うことはなかったものの、充実した仕事の日々。倉本さんは、11年半に及ぶ会社員生活を過ごす。

「仕事は確かに楽しかったのですが、でも自分はなんで、知らない土地で働いてるんやろ、という気持ちはあったんですよ」。

そして30代を迎えた頃、大学時代からの縁ある先輩が主催する日本酒の会に参加。福島県の地酒「写楽」を飲んだところ。
「今の酒ってこんな感じなんやなと思いました。それまでの日本酒のイメージと違って、わかりやすく美味しかった。その時に、『うちも造り酒屋なんだけどな』という思いが湧いたんです。家では、両親と近所のおじさんとで少量の酒造りを続けてましたから」。

そこで「奈良に帰って酒造りをやりたい」と直談判。ところが父は、喜ぶどころか大反対。
「継ぐな! と怒られました(笑)。以前にも父に『やったら、やれるかな』と切り出したことはあるんですが、本気だと思われてなかった」。

継ぐなと言われたのが2015年の正月。しかし、同年の秋、両親には相談せずに会社に辞表を出した隆司さんは、退職後、奈良に帰ってくる。今度は父も会社員に戻れとは言わなかった。そのまま蔵の仕事が始まる。
「何ができるわけでもなし、何の知識があるわけでもなし。最初の2年は、ただ父の手伝いをしているだけでした」。

だが、倉本さんの本気度を汲んでか、父は蔵内の設備を徐々に入れ替えてくれたという。仕事を任され、杜氏となったのは3年目。「分からないことは同業の先輩たちに電話して教えてもらいました。どう考えても自分より知識も経験も上の人たちばかりですから」。



ローマ字と精米歩合に込めた願い

倉本さんは、杜氏となった翌年の2018年、自身の銘柄「KURAMOTO」を立ち上げる。蔵にはすでに、創業時からの代表銘柄「金嶽(きんがく)」があり、父が立ち上げた特定名称酒の「倉本」もあった。そこをローマ字表記にしたのは「自分の色を出そうと思って」のこと。吟醸や純米など特定名称は「飲む前からイメージを与えたくない」からと謳わず、精米歩合だけを記す。しかもその数字の一つは64。敢えて細かい数字にしたのには理由がある。

「ファミコンは8ビットから始まって、どんどん進むと64までいくんです。なので、うちの酒もこれが最初のスタート地点みたいなもので、これからどんどん進化していきたいよ、という願いを込めました。ラベルも8ビットにちなんで8つのマスをデザインしてるんですよ」。

生まれたての新ブランド。売り先となる酒販業界には、どのように認知してもらったのかというと、なんと意外な協力者たちが。
「県内の蔵元さんたちが、酒屋さんに紹介してくれることがちょこちょこ続いたんです」。
奈良の蔵元さん達の侠気を伺い知るようなエピソードだが、そうさせるだけの熱さを隆司さんも発していたということだろう。
その県内の蔵元同士が合同で造る、菩提酛造りへの参加は、今年で5年目を迎えた。乳酸菌由来による味わいの深さは、酒造りの上での一つの指針となっているそうだ。

ところで、一番気になること。「継ぐな」と仰っていたお父さんは、隆司さんの仕事について、どんな感想をお持ちなのか、と直撃。
「なんで、より好んで、こんなしんどい思いをするために帰ってくるのかと思ってました」。
今の隆司さんの造るお酒については?
「ん、美味しいよ~。僕の時とは全然違うよ」。
満足ということが伝わる笑顔。そして、ウンと頷きながらのお誉めの言葉、いただきました。

写真は、すべて「KURAMOTO」仲仕込みの様子。朝7時半、甑(こしき)が蒸し上がる。
父が蒸し米をスコップで掘り出し、放冷機へ。
粗熱が取れた蒸し米の塊を母が手でほぐす。原料の酒米は奈良県推奨の露葉風(つゆはかぜ)。
蒸し米はエアシューターで仕込みタンクへ。
隆司さんが一人で黙々と櫂入れをしていく。
「初めて造るチャレンジングな酒」。近隣の農家から託された無農薬栽培コシヒカリの出麹。
精米歩合90と低精白米による麹であるため濃い色に。

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