関西・地酒の星

奥播磨 | 兵庫・安富『下村酒造店』

ふくらみのある米の旨みを存分に味わった後に感じるのは、心地よい酸によるキレの良さ。米だけで醸す山廃仕込みの酒は、歳月を経るごとに味わいも深くなっていく。そんな熟成を共に重ねていく、昭和の父と平成の息子、播磨の奥の酒造り。

文:藤田千恵子 /  撮影:東谷幸一
蔵元 下村元基さん(右)
1988年 下村家の長男として誕生
1993年 父の裕昭さん(左)が「奥播磨」ブランド誕生
2002年 『下村酒造店』社員制度による醸造開始。
2012年 『下村酒造店』に入社
2020年 社長に就任
左から、奥播磨 純米吟醸 芳醇超辛スタンダード1740円、白影泉 山廃純米 五割五分磨き2025円。※720㎖の価格。上の写真で裕昭さんが手にするのは、山廃純米スタンダード2985円、元基さんは、山廃純米 山田錦 八割磨き2750円。※1.8ℓの価格。以上すべて税込。

山廃仕込みに咲き、熟して四半世紀

「手造りに秀でる技はなし」。

『下村酒造店』に入ってすぐに目にする言葉である。これは家訓なのだそうだ。
6代目・下村裕昭さんは、蔵を継ぐため修業中だった若き日に、最先端の酒造りを身に付けたことがある。合理的で低コスト、これなら労少なくて、利が得られるという方法を。

「これで、蔵も立て直せる、両親にも楽をさせてやれると思いました」。
ところが、意気揚々と蔵に戻った下村さんがその製造法を提案すると、その頃働いてくれていた杜氏さんは「しょうもないこと学んできましたな」と一蹴。蔵は、従来の手造りのまま変わらずに継続されたという。
「あの一言がなかったら、うちの蔵は今、残ってなかったかもしれませんね」。
以来、下村さんは、酒質の向上という正統路線での生き残りを模索していくことになる。家庭では昭和63年、長男が誕生。「人間は、元気が基本、ということで元基と名付けました」。

同じ年に蔵に入ってきてくれたのが、但馬流の名杜氏・高垣克正さんだ。
「うちの味のベースを作ってくれた人です。いずれ杜氏集団を雇うのは難しい時代が来ることを見据え、『自分が蔵にいる間は、教えられることは何でも教える』と、平成14年に引退するまで指導してくれました」。
その高垣杜氏と下村さんとが二人三脚で平成5年に作り上げたのが、地元の山田錦と兵庫県産米とを使用し、吟醸酒、純米酒などの特定名称酒のみで構成された「奥播磨」だ。

「従来の普通酒では、この先やっていけないだろうということは、目に見えていましたから。どこで造られた酒なのか、地域性のある名前がいいという意見を取り入れて、播州の奥だから奥播磨と」。
この誕生の年、「奥播磨」は全国新酒鑑評会で見事金賞を受賞している。まだ幼かった元基さんが「金賞、とれたか。金賞、とれたか」と訊ねるというなんとも可愛らしい胸キュンの思い出も父には残っているそうだ。翌平成6年には、但馬流の杜氏が得意とする濃醇な味わいの山廃仕込みにも挑戦。槽(ふね)から滴ってきた待望の新酒の味わいは。

「これは、旨い! という感動がありました。速醸ではちょっと表現しにくい味の幅とコクがあると思いましたね」。
この山廃仕込みの酒は燗に向き、「熟成しても旨い酒」として、誕生から四半世紀を経た今も安定した人気を保ったままだ。



人のいい父、その心を息子が継ぐ

「奥播磨」誕生の時点では、5歳だった元基さんが、今は、この酒の醪(もろみ)を担当している。「せっかくこの仕事についたからには、おかわりしてもらえる旨い酒を」と語る頼もしい存在だ。高校生の時には「勉強は嫌い。農大には行かない」と言い出して、父を大いに慌てさせたそうだが、一度社会に出た後、東京農大の聴講生として学び、さらに埼玉の酒蔵での研修も経て、蔵へと戻った。

自蔵の酒の評判は目にも耳にもするものの「冷静でいたいから“奥播磨ラブ”にはならんとこと思ってます」とクールなスタンス。だが、父がコツコツと築いてきた全量純米路線への眼差しは「純米酒のが、かっこええやん」と温かい。「うちの酒は、売れ残っても劣化せずに熟成していける。どっしり待てる酒です」という強みにも目を向けている。さらに、原料米の質にも興味が湧き、地元の生産農家との交流も始まったそうだ。

現在、元基さんと共に働くのは平均年齢34歳の蔵人集団。若くて体力がある上に繊細な手仕事を続ける忍耐力も兼ね備えている。「私が入ると平均年齢が上がりますから」と、後ろに控えている父については。
「酔っ払ってる人がいたら、父は駆け寄って介抱したりしてるんですよ。そんなこと、自分にはとてもできない」。
ああ、目に浮かぶようだ。下村さんは、常に人に優しく真摯に生きている人なのだ。

「取引先でも『お父さん、いい人だよねえ』とよく言われます。いい人であって悪いことは何もないので、そこは見習わないとなと思っています」。
「金賞、とれたか」に続く、もうひとつの胸キュン語録である。

甑(こしき)で蒸し上げた米をリフトで放冷機へ。
粗熱をとった蒸し米を麻布にくるんで運ぶ。
蒸し米を広げて自然放冷をし、熱をとる。
山廃仕込みの光景。酒母タンクに蒸し米投入。
10日目の酒母。抱き樽で品温を調整する。
上槽は、今や希少な昭和32年製造の「佐瀬(させ)
式」の槽(ふね)で。上からの圧力で搾られる。

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