昆布はどうなる?

大阪の味を支える真昆布のこと

和食に欠かせない昆布。ことに真昆布は、大阪の味の決め手となる大切な食材です。その天然真昆布が危機に瀕していると、大阪の『こんぶ土居』の四代目・土居純一さんは警鐘を鳴らします。もっと昆布のことを知ってほしい。土居さんは、今年7月に『大阪昆布ミュージアム』を開設。今回は、大阪と真昆布の歴史や産地のことを、ミュージアムの紹介と共にお伝えします。

文:団田芳子 / 撮影:東谷幸一

大阪のだしに真昆布は欠かせない

かつて、大阪名物といえば昆布製品が挙がったものだった。

江戸時代、北前船(きたまえぶね)が北海道からはるばる運んできた昆布は、全国からの物品の集積地である大阪で、鹿児島から届くカツオ節と出合って、合わせだしが生み出された。
また、堺の刃物や刀鍛冶(かたなかじ)の技術を背景に、おぼろ昆布やとろろ昆布など加工業も発達し、塩昆布(佃煮)など昆布製品が大阪の名産品となっていった。

昆布は、産地や品種によって品質が大きく異なる。真昆布・利尻・羅臼・日高などの中から、大阪が選んだのは、昆布の中の最高級品と認められている真昆布だ。

連載「上野修三の古典」でもお馴染みの、『浪速割烹 㐂川(きがわ)』初代の上野修三さんは、「持ち味を生かした淡味の中にもまったりと深みを持たせた味が“浪速の喰い味”。その底味を作るのに欠かせないのが真昆布」と、ことあるごとにお話しされている。
「上野さんの言葉には、いつも励まされます」と、『こんぶ土居』四代目・土居純一さん。

しかし、大阪の味の根幹を作る、天然真昆布は2015年から不作続き。
朝廷へ献上していた最上質の真昆布を産する道南の旧南茅部(みなみかやべ)町域の2022年生産量比の予想は…
天然昆布 0.3%
二年養殖昆布 1.6%
促成(一年養殖昆布) 98.1%
この事実は、前回ご紹介した通り。由々しき事態だ。

食べ手が、和食店で圧倒的に旨いと感動するのは、カツオ節と昆布による合わせだしの深い味わいだ。このだしならばと、青菜のお浸しの値段にも納得させられる。その底味を支える天然真昆布がなくなったら――と考えると恐ろしい。

kon0002a「大阪では真昆布、京都ではやや淡い味の利尻、昆布消費量日本一の富山では羅臼が好まれ、食文化として根付いています。沖縄では、煮えやすく柔らかな日高が主流で、クーブイリチー(昆布炒め)など“海の野菜”として食されます」と土居さん。

大阪の人にこそ真昆布のことを知ってほしい

土居さんは、2022年7月、『こんぶ土居』のある空堀商店街から徒歩1分の場所に、『大阪昆布ミュージアム』を開設した。

「北海道の昆布と大阪の伝統食文化の関わりについて、ご紹介し、体験していただく場です」と土居さん。
「一昔前は、大阪名物といえば昆布だったことなど、大阪の人でも高齢者以外はほとんど誰も知らないでしょう。江戸時代から続く大阪と昆布の関わりを分かりやすく情報発信できる場所にしたいと思っています」。

つまり、第1のターゲットは地元・大阪の人々だ。
「昆布は奇跡の海藻だと思うんです。これほどグルタミン酸を多く含む、旨み豊かな食材はありません。だから今、世界中から注目されていますよね。海外の人に羨(うらや)まれる素晴らしい食文化があったのに、なぜか大阪の人は忘れ去っている。ここが再認識していただける場になればと思っています」。

元は昆布の倉庫として使っていた細長いビルは、4階建て。
1階は産地紹介スペースとして、北海道の昆布漁に使われる「箱めがね」や「マッカ」という海底から昆布を絡め取る長い棒状の漁具などが展示されている。

2・3階は昆布の熟成庫で、3階は公開している。段ボールがぎっしりと積まれた部屋は、夏場以外は常温のままだ。
「産地である北海道よりも、大阪の気候は昆布を熟成させるのに適していると思います」。だからこそ、大阪には昔から「昆布専門業者」が無数に存在し、昆布文化がしかと根付いたのだろう。

真夏に収穫された昆布は、製品化の後、消費地に運ばれて蔵に寝かされる。翌年の梅雨を越え、ちょうど1年経った頃に飛躍的に美味しくなるそうだ。梅雨時に水分を吸って柔らかくなり、少し硬化して味がぐっと出てくるという。

しかし、その後は2年、3年と熟成させても、1年目ほどの劇的な変化がないと土居さんは言う。
「1年目を過ぎれば安定期。今は不作なので、数年前の昆布を大事に大事に販売しています。もしかしたら10年という長い期間置いておくことも考えなければならないので、空調を入れて変化させないようにしなければならないですね」。

4階には、クスノキの一枚板を使った長テーブルが置かれ、今後、だしのとり方講習や昆布を使った料理教室、ワークショップなどに使いたいとのことだ。
またこの部屋には、昆布に関する書籍もズラリと並んでおり、資料室としての役割も担ってくれそう。

「大阪の食文化を語る上で、完全なアドバンテージを持つのが真昆布だということを、大阪の人に、大阪の和食の料理人さんたちにこそ知って欲しい」と土居さんは言う。

「各料理店の利益も大事だけど、大阪でやってるなら、大阪の食文化の一翼を担う一人として、大阪の町に対して自分はどんな貢献ができるのか――そんな視点があってもいいと思うんです。『こんぶ土居』は実はそんな気持ちでやってます。このミュージアムも借金ですが、でも、やらなあかんと思って作りました。後悔はしていません」。

kon0002b左下は昆布を探すのに使う「箱めがね」、右隣りが「櫂(かい)」。上の長い道具は、昆布を刈り取る「鎌(かま)」、その上にマッカも展示されている。

kon0002c『大阪昆布ミュージアム』には、明治時代の真昆布産地と大阪仲買人との売買契約証文(左)や、「献上昆布」の干し場の様子(右)など、貴重な資料も展示されている。

料理人の想いを産地に届けられたら…

『大阪昆布ミュージアム』1階の床には昆布が1枚埋め込まれてある。長さ約4m。これが海底からゆらゆらと生えているのを想像すると海の不思議を感じる。

この長い昆布を海底から採取し、一枚ずつ乾燥させるのは重労働だ。
「自分たちの仕事ぶりや漁具などが、大阪で展示されているのを北海道の漁師さんが見たら、大阪で大事にされていることを実感してもらえるでしょう?」と土居さん。

そう、『大阪昆布ミュージアム』のターゲットは、産地の人々でもあるのだ。
今秋、南茅部高校の生徒が修学旅行で大阪にやって来る。そのコースの中に、このミュージアムへの訪問が組み込まれているのだそう。

「北海道は、昆布の生産1位で、消費量は47位、つまり全国最下位というデータもありましてね」。2018年に市立函館博物館で開催された「北の昆布展 昆布が支える日本の文化」という企画展で提示されていたデータだそう。

「消費が少ないということは、北海道の食文化に昆布がそれほど重要でないということだと思うんです。漁師さんにとっても単なる換金の手段なのかな、と。養殖昆布を育てて製品化したらキロ当たりいくら儲かるか、ということばかり気にしているようで…」。

先代であり、土居さんの父である成吉(しげよし)さんは、「真昆布がいかに大阪の食文化にとって欠かせない存在であるか」切々と北海道の漁師さんたちに訴え続けてきた。少しでも誇りを持ってほしい、意識を変えてもらおうと、上野修三さんが営んでいた『天神坂 上野』に連れていったこともあるという。
それでも、「うちの小さな力ではなかなか」と土居さんは嘆息する。

消費地として大阪は、何ができるのだろうか。
次回は、北海道・道南の真昆布の産地のお話をお届けします。

kon0002d3階の昆布熟成庫には、平成28(2016)年以後の天然真昆布が保管されている。不漁が著しくなった令和元(2019)年以降の天然真昆布の在庫はごくわずかだ。

kon0002e昔の蔵の扉を用いた入り口。古き良き大阪の文化を彷彿とさせるしっとりした趣あるエントランスだ。

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