京都『飯田』の美学

氷室の節会は、涼やかに

「旧暦6月1日は、氷室(ひむろ)の節会(せちえ)。平安時代、御所では氷室集落から運ばれてきた御氷を口にすることで、暑気払いをしていたと言われています」。店主の飯田真一さんが、過ごしづらい気温や天候が続く6月、もてなしの主題とするのは、その“氷室の節会”。床の室礼(しつらい)も器も視覚的に涼を感じるよう調え、献立もこれから訪れる暑さに備えて、甘くない水無月や独特の鱧料理などを織り込みます。第3回は、そんな『飯田』ならではの涼の取り方をご紹介します。

文:川島美保 / 撮影:岡森大輔

視覚から涼感を演出

6月、床の間を飾るのは愛嬌あるカエルの掛け軸とヤマアジサイ。「梅雨の季節に相応しい、和む絵柄でしょう。こう見えて江戸時代後期の作品なんです」と飯田さん。6月は照明をいつもより数段落とし、床の間手前の畳に網代(あじろ)を敷く。これらはすべて、涼を誘うための演出だ。

「視界が暗くなると人は涼を感じる。加えて、靴を脱いで上がった時の一歩目がひんやり心地いいだけでも、涼感が増す。先人の素晴らしい知恵ですね」。

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愛らしい掛け軸の絵師は、大阪の松本奉時(ほうじ)。本来は表具師だったが、自身が愛したカエルをモチーフに絵を描いたところ爆発的な人気を呼び、絵師としても活躍した人物。「現代にも通じる愛らしさ。少しでも晴れやかな気持ちになればと掛けました」と飯田さん。

 “甘くない”水無月

室内に飾られた氷柱を眺めながら、おしるしの一献は銀製の酒器に注がれたキンキンに冷えた梅酒。酒器を持つ手を冷やすことで、身体のほてりが程よく落ち着くのだという。
料理の一品目・先付は、水無月豆腐。「氷の欠片を模した水無月は、無病息災を願って6月にいただく、京都お馴染みの菓子。そのアレンジです。まず暑気を払っていただきたいので、あえて最初に“料理として”お出しします」。

ういろうの代わりは、すりおろした長芋と生湯葉の寒天寄せ。旬の赤ウニと共に、ほんのり甘く炊いた小豆を品よく一粒だけ飾り、仕上げは琥珀色の土佐酢の煮凍り(にこごり)と振り柚子、叩きオクラ。いかにも涼しげだ。

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料理はすべて6月のコース42000円(サービス料込。価格は月替わり)から。6月の先付は、湯葉水無月豆腐。すりおろしてフワフワに泡立てた長芋に生湯葉を合わせ、寒天でやわらかめに固めている。通常の水無月は邪気を祓うといわれる小豆を表面に敷き詰めるが、豆腐に映えるよう一粒だけに。器は樂家5代・宗入作の百合型向付。「百合もこの季節から咲き始める花ですので」と飯田さん。

鱧に青梅を添える意味

そして先付に続く椀物が、ある意味6月の主役。
夏の定番・鱧に、意外にも青梅を添える。
「古来より梅には、邪気を祓(はら)って良い運気を呼び込み、病魔を避ける力もあるとされています。僕が使う紀州南高梅の青梅は、5月後半から6月頭の短い間が一番香り高く、食感もいい。今だけ、今ならではの贅沢な取合せをと、考えた料理です」。

各々の存在感が際立つよう、椀種は綺麗な丸みを帯びた牡丹鱧と吸地で煮含めた青梅のみ。潔い仕立てと艶やかな蒔絵椀との対比がきいている。

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精緻な骨切りがよくわかる、大輪の牡丹鱧。ほんの少しの梅肉で、味だけでなく画も引き締める。椀種に合わせて選んだ器は、宮内庁御用達の加賀の塗師・大垣昌訓(しょうくん)の牡丹蒔絵椀。

締めくくりの菓子がまた宝石のような美しさで、菓名は紫陽花(あじさい)。
「紫陽花の花びらに落ちた、一滴の雨粒越しの景色です」。
水まんじゅうを思わせるつるんと滑らかなのど越しで、最後の涼を届ける。 

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締めの和菓子・紫陽花。サラリとした漉し餡を薄紫と薄桃色のきんとんでくるみ、小豆を数粒飾る。表面を覆うのは、うっすら甘い水のゼリー。

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