産地ルポ これからの和食材

真昆布の故郷・北海道の南茅部(みなみかやべ)で生まれた無添加「焙煎昆布めん」

連載「昆布はどうなる?」でお馴染みの、大阪・空堀(からほり)の『こんぶ土居』が太鼓判を押す、添加物なしの真っ当な昆布入りの乾麺があります。北海道は函館市、真昆布の故郷・南茅部の名物土産でもある「焙煎昆布めん 麺戀(めんこい)」。地元で揚がる稀少な2年養殖真昆布を焙煎し、麺に練り込むという工程は、なんと喫茶店のマスターのアイデアでした。真昆布取材で訪れた南茅部で、考案者のマスター・小林元昭さんに誕生秘話を伺いました。

文:団田芳子 / 撮影:竹田俊吾

目次

南茅部の海。天然真昆布が成育するのはこの周辺の海だけなのだ。
『ホットステーション珈夢』は自宅敷地内に山小屋風木造2階建てを新築して、2010年オープン。小林さんの「定年後に喫茶店を」という夢を実現。
右が『ホットステーション珈夢』マスターの小林元昭さん、左は『こんぶ土居』土居純一さん。小林さんの趣味で、立派な音響機器が揃った店内にて。時には音楽ライブなども開催されている。
左が『こんぶ土居』版の「焙煎昆布めん」430円で、着色料も無添加。右の淡く緑がかった方は、『ホットステーション珈夢』で販売している「焙煎昆布めん」350円。南茅部の道の駅、旅館などでも発売。めんこい=可愛いという意味の方言に「麺戀」の字を当てたシャレたネーミング。

原材料は小麦と塩と、昆布だけ

「焙煎昆布めん 麺戀」に出合ったのは、空堀商店街にある『こんぶ土居』でのこと。こちらには昆布とその加工品に加え、“土居セレクション”コーナーとして他社製品の調味料やお茶などが店頭に並んでいる。

食品添加物を使用した商品は一切扱わない。先代からのポリシーは、当主・土居純一さんにも受け継がれている。

「焙煎昆布めん 麺恋」も、そんな厳しいお眼鏡に適った商品の一つ。原材料は、国産小麦と塩と真昆布粉末のみ。興味津々で購入したその味わいは――。見た目は細うどん風。食べると焙煎昆布の風味が香ばしくて蕎麦を思わせ、食感はもちっと中華そば風。冷温、どちらでも美味しくいただけるユニークな乾麺だった。

考案者は、真昆布の故郷・北海道は函館市、南茅部の喫茶店のマスターだという。
今夏、天然真昆布漁の取材で現地入りすることになった我々は、案内役を買って出てくれた土居さんと、件のマスターを訪ねることにした。

「親切でアクティブで、多趣味な方です。『麺戀』は昆布を練り込んだ素晴らしい麺で、ウチでもぜひ扱いたいと思ったんですが、着色料が少量使われてましてね。無添加にできないかとご相談したらすぐに対応してくださり、『こんぶ土居』特別版を作って送ってくれはったんです。その行動力に本当に驚き、感動しました」。

しかし、なぜ喫茶店のマスターが考案するに至ったのだろうか。

真っ当な味で、真昆布の町の名物土産に

小林元昭さんが営む喫茶店『ホットステーション珈夢(かむ)』は、昆布だらけの町の中で、ビックリするほどオシャレな雰囲気だった。エントランスから店内までグリーンが溢れ、クラシックやジャズが流れる中、ハンドドリップで淹れたてのコーヒーを楽しませる。

臼尻(うすじり)漁港のすぐ近くにあり、常連には漁師も多いが、「みんな長靴やカッパはダメだろうと着替えて来てくれますよ」とマスターの小林さん。

「僕も昆布漁師の息子です。漁師を継がずに役場に勤めてましたけど」と穏やかに話す小林さんの名刺には、麺戀本舗、南かやべ土産をつくる会事務局、長寿生活応援隊、ワンコインサポート事務局、函館保護観察所 保護司と、肩書き多数。

美味しいコーヒーをいただきながら、「麺戀」誕生について伺った。
「1997年に『南かやべ土産を考える会』を立ち上げました。地域の活性化のための補助金が出たんで、夫婦5組10人の仲間でね」。

それは昭和40年代に始まった養殖真昆布に付加価値を付けて売り出すことを目標にした企画だった。試食を繰り返し、小ロットで作ってくれる製麺所を探し、「ようやく、98年に試作品第1号ができたんです」。

ところが、製麺所の都合で一旦中断。小林さんは不屈の精神で再チャレンジし、2017年、同じ北海道とはいえ、500キロ以上離れた北見市の製麺所『ツムラ』と出合って復活させた。



昆布を焙煎すると小麦と合う!

ところで、なぜ、麺にしようと思いついたのだろう。
「決め手になったのは昆布を焙煎したことですね」と小林さん。

「そもそもは、私が役場の企画課に在籍していた頃、町長が昆布を焙煎して、子どもたちの給食のおやつに使いたいと考案したんです」。

それは好き嫌いもあり断念したものの、後に給食センター長に就任した小林さんは、焙煎昆布を粉末にしてパンに練り込むことを思いついた。「これがとても美味しくて好評で。小麦と焙煎昆布の相性が良いことが分かったんです」。その時の経験から、焙煎昆布めんのアイデアが浮かんだという。

ちなみに、現在のパッケージに描かれているイラストは、南茅部に出土した北海道唯一の国宝・中空土偶、「カックウ」という愛称で親しまれているキャラクターで、小林さんの手になるものだそう。

2年養殖真昆布の元揃(もとぞろえ)があればこそ

「麺戀」の味の要となる昆布の焙煎は、昆布加工センターで行われる。ここは、焙煎昆布を作るために誕生した加工場。原料となるのは2年養殖昆布の4等級だというので驚いた。1年養殖の促成昆布ではないのだ。

「今、使っているのは令和3年産の元揃です。4等級、まれに3等クラスで、1年以上熟成したものしか使いません。少し小さくても身が厚くて味の良いものを使っています」とセンター長。

大量に生産されている促成昆布か、端切れなどを有効活用しているのかと思っていたが、天然物に匹敵すると言われる質の高い2年養殖を使わねば美味しいものにならないという。

しかも、作業も丁寧だ。昆布は噴霧器で水を吹きかけ、裁断しやすいように柔らかくする。昆布の長さ、厚さ、季節を考慮して、熟練の担当者が浸水時間を加減するらしい。中まで水分が行き渡るには通常1~2日を掛ける。

焙煎は直火。炉内温度の違う3部屋を通って、30分かけて焼き上げる。加工場は香ばしい匂いが漂っている。焙煎が終わると人の目で、焦げのあるものなど除去選別。4人がかりで1日25~30㎏しかできないらしい。

焙煎昆布を短冊切りにしたものは商品化し、地元のみならず関東のスーパーでも販売しているという。しっかりした昆布らしい旨みがあって美味しい。私も幾つか購入し、お土産として渡したら大好評。2年養殖物の質の高さゆえだろう。

その短冊切りの工程で、割れたり、小さくなったりしたものは粉末状に。これが「焙煎昆布めん」の材料になる。この粉を北見市『ツムラ』に送り、北海道産の小麦粉・キタホナミとブレンドし、ようやく「麺戀」となる。

小林さんの喫茶店では、ランチに提供。麺の食感を楽しむなら、ざる蕎麦のような「冷麺」で。真昆布のだしも一緒に味わうなら温かい「月見」。地のタコのかき揚げ入り「Mr.オクトパス昆布めん」なども。「マヨネーズと和えてサラダ風にしてもイケますよ」と小林さん。

「他にもとっておきの食べ方があるんですよ」とは土居さん。「お鍋に下茹でせず直に入れるんです。昆布のエキスが鍋のだしに染み出て、鍋も美味しくなるんですよ」。麺の塩分が出るので、だしごと味わうような鍋物向きとか。ちなみに土居家の定番は、「扁炉(ピエンロー)」。ぜひ、お試しを。

今や稀少な2年養殖物。1年足らずで収穫できる促成昆布に比べ、別の植物かと思うほど身が厚く、立派な姿。だしを取っても天然と遜色ないとも言われるが、大変育てにくく、収穫量は少ない。
元揃とは、平たく伸して90㎝の長さに折って結束した昆布。手間が掛かった品だ。
焙煎昆布を短冊切りに。袋詰めしたお土産(30g290円・50g480円)が「南かやべ直販加工センター」などで販売されている。おつまみ、お茶受けに。とっても美味しい。「南かやべ直販加工センター」のHPからは取り寄せも可能。
『ホットステーション珈夢』の焙煎昆布めん(冷麺)700円。小麦の甘みと昆布の香りが嚙むほどに広がる。昆布・カツオ節・椎茸・煮干しのだしを使ったつゆが旨い。
『ホットステーション珈夢』の「Mr.オクトパス昆布めん」850円。南茅部産タコのかき揚げがとびきり旨い。温かいと昆布麺はまろやかな食感で、昆布の風味も豊かに。

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