『㐂川』×『乾農園』のお付き合い
ここは、大阪南部の富田林市。大和川水系の石川に沿って広がる西板持(にしいたもち)地区は、海老芋の産地として知られる。
海老芋は、サトイモ科に属する芋で、その名の通り、エビのように反り返ったユニークな形と車エビを思わせる縞模様が特徴。親芋の周りに子芋がたくさん付くことから子孫繁栄の縁起物として、関西ではお節料理にも珍重されている。
富田林では明治初期から栽培が始まり、豊富な水と水はけのよさ、手間暇をかけた昔ながらの栽培方法によって優れた名産地となった。
今回、訪れた『乾農園』は1930年創業。三代目・乾 勝秀さんの時代には、手間が掛かるほどに値は付かないと生産者は激減しており、勝秀さんもそろそろ海老芋栽培はやめようかと考えていたとか。
そんなところへひょっこりと訪れたのが、『㐂川』初代の上野修三さん。
「適度な粘り気ともちもちした歯ごたえ。柔らかいのに煮崩れしない」と、勝秀さんの海老芋に惚れ込み、「ぜひとも作り続けてほしい」と勝秀さんに頼み込んだとか。平成15~16年頃のことだ。
以来、多くの料理人にその存在が知られるようになり、乾ブランドの海老芋は、プロの料理人の注文でほぼ完売するほどになった。
「上野(修三)先生との出逢いがなかったら、やめてました。うちの海老芋の知名度をここまで上げてくださって、感謝してもしきれません」と、勝秀さんは今もこと有るごとに口にするのだそう。
海老芋が育つ、西板持独自の環境
11月初旬、『㐂川』二代目の上野 修さんが『乾農園』を訪れた。ぽかぽか陽気の中で待っていたのは『乾農園』を勝秀さんから引き継いだ四代目・長女の乾 裕佳さんだ。
広い畑の中、大きな葉は茶色くなって倒れ掛かっているものもある。「芋茎(ズイキ)がこうして枯れ始めると収穫の時期になります。うちでは10月下旬から始めて12月初旬で終わります」と裕佳さん。
「土を触ってみてください」と裕佳さんに促され、修さんは芋茎の根本の土を手に取る。「おお、ふっかふかですね」。
「この土が海老芋の生育に適しているんです。昔から石川が氾濫しては田んぼに川の水が入り、川の砂が混ざったので水はけがよくなったらしいです。実は今年、富田林の海老芋が地理的表示(GI)に登録されたんですよ」と嬉しそうな裕佳さん。
GIとは、農林水産省が産品の名称を地域の知的財産として保護する制度。これまで全国134産品が登録されているが、大阪府内では初めてのことなのだという。
真夏の「土寄せ」が“親離れ”を促す
自然が作った素晴らしい環境に加え、この地で育まれた伝統的な農法があるらしい。「土寄せという作業が、海老芋をふっくら丸くするんです」と裕佳さん。
4月に種芋を定植すると、夏くらいには茎が伸び、土の中では子芋もできる。
「親芋から4~5個の子芋ができるのですが、親子の間に土をのせて重みで圧をかけてやります。すると親から離れたところで子が成長して、丸く大きくなるんです。親から離さないとペタっと親芋にひっついて、片側がペタンコになってしまうんです」。「芋でも、親離れできない子はあきませんね」と修さん。さすが大阪人、笑いを取ることも忘れない。
「土寄せって難しい作業なんですか」と修さんは興味津々。
「土を株側に寄せながら、肥料をやり、藁(わら)を敷きます。土の量が多すぎると“エビの尾”が長くなりすぎて繊維質の部分が多くなりますし、浅すぎるとキレイに曲がらない。土を寄せる量とタイミングが難しいんです」。子芋の葉が出たタイミングだと遅く、ちょっと芽が見えるか見えないかという時がいい。
「あと、水の加減もあります。今年は暑かったので毎日のように水を流しました。でもそのタイミングも難しい。お父ちゃん(勝秀さん)が言うには『葉っぱが欲しがってたらやるんや』って」。
「裕佳さんには、葉っぱの声が聞こえますか?」と修さんが茶目っ気を発揮すると、「まだ聞こえないんですけど、『どうや水、欲しいか?』って話しかけてますよ」と裕佳さんも笑う。
「昔は、ここまで暑くなかったですしね」と修さんの言葉に、「そうなんです。だんだん作りにくくなってるのかも。お父ちゃんは11月から収穫していたと言うんです。定植もゴールデンウイークまでにという感じやったけど、今は若干前倒しにしてます」と裕佳さん。
出荷までに手作業が目白押し
お次は、収穫済みの海老芋を保管している作業場へ。ムシロを外すと立派な海老芋が山積みになっている。
「陽の光を当てないように保管してます。ここでみんなで根っこを取るんです」。「一つ一つ手で?」と修さんは目を丸くしつつ、自身も一つ手に取り、プチプチと根っこ取り。「あ、これ結構快感」と笑いつつ、「この根っこ、食べられないんですかね?」と言う修さんに、裕佳さんは驚いた顔で、「うーん、食べられなくはないかも」。「海老芋根っこ素麺とか。面白いものができそう」と修さんは根っこを「ちょっともらって行っていいですか?」と袋に詰めた。
その後、別の作業場で土を落とし、縞模様を消さないように気を付けながら、ジェットスプレーの風でざっと汚れを取り、最後は一つ一つタオルで磨き、サイズ分けをしてようやく出荷体制が整う。
「今年の一番大きいのは1.4㎏。全体的に大ぶりにできました。それでも1㎏超えはなかなかないです」。特大は5L、そこから4L、3L、2L、L、M、Sに分けられる。上野さんは、海老芋の形を生かしつつも、皿の上に無理なくのる2L~3Lを使っているという。
畑を後にして、「夏の暑い時期の土寄せの作業は、本当に大変でしょうね」と修さんはしみじみと言った。「海老芋は芋類の中で一番好きなんです。扱いは難しいんですけどね。ジャガイモと違って繊細なので気を使います。でも、ほくほくとしていながら粘り気が強くて、滑らかな食感が素晴らしい」。
『㐂川』では、皮付きのまま蒸して使うことが多いという。先代から「皮と実の間に旨みがある。ぬめりを取ってしまうなんてもったいない」と料理法が継承されているらしい。「六方に剥いたりしないので料理屋っぽくないけど」と笑うが、見た目より美味しさを重視するのは大阪料理の真骨頂だ。「蒸してぺろりと皮を剥くんですが。こんなに丁寧にしてらっしゃるのを見たら、根も皮も全部使いたくなります」。
『㐂川』と『乾農園』、先代からのお付き合いは、当代のお二人にしっかりと引き継がれ、また新たな海老芋料理が生み出されていくだろう。
『浪速割烹 㐂川』の海老芋料理のレシピはコチラ
『浪速割烹 㐂川』
【住所】大阪市中央区道頓堀1-7-7
【電話番号】06-6211-3030
【営業時間】12:00~12:30 LO、17:00~20:30 LO
【定休日】月曜
【お料理】昼/コース9680円・18150円、夜/コース18150円~。
【HP】https://kc9j800.gorp.jp/
【Instagram】https://www.instagram.com/naniwakappo_kigawa/
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