上野修三の古典

【レシピ付き】真ダコの卵巣や皮を生かした創意工夫の三品

瀬戸内海も大阪湾も真ダコの好漁場として知られています。年中出回りますが、とりわけ祭どきや半夏生(はんげしょう)に好んで食され、大阪の初夏はタコの季節。秋までの旬味として、タコの子(卵巣)の料理も古くから親しまれています。「冬のタコは煮物にすることが多いけど、夏は酸味を添えたり、冷たい料理に仕立てたりして、食感を生かすとよろしいな」と上野修三さん。この時季の特権である卵巣を使った寄せ物や、皮でとっただしを生かしたちらし寿司など、タコ好きの大阪らしい創意の光る三品をご紹介します。「ワシが食べたら共食いや」と笑う上野さんの昔語りも、今回は面白みに溢れています。

上野修三(うえのしゅうぞう):昭和10年、大阪・河内長野に生まれる。ミナミでの修業時代を経て、1965年、『㐂川(きがわ)』を創業。なにわ伝統野菜を発掘するなど、大阪らしい料理を追求し、浪速割烹のカタチをつくる。60歳で開店した『天神坂上野』は伝説の割烹として名を馳せた。現在は、なにわの食文化を綴る随筆家としても活躍。近著に「浪速割烹㐂川のおいしい野菜図鑑」春夏編・秋冬編(共に西日本出版社)がある。

聞き書き:中本由美子 / 撮影:東谷幸一

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蛸の文銭(ぶんせん)造り——酒煎りで甘みを増して、吸盤と共に

大阪人のタコ好きは、全国に知られてますな。年中獲れて、味もそれほど変わらないけれど、6月あたりから出回る地物の真ダコは甘みが増して、とりわけよろし。これを麦わらダコと呼んで、大阪人が好んで食べるには理由がありますねん。

夏至から11日目、今年で言えば7月2日から七夕までの5日間を半夏生と言うて、農家ではこの時期までに田植えを済ませるんだすな。タコの吸盤が地面に引っ付くように、苗がしっかり根を張ることを願って、大阪では昔からこの時季にタコを食べたそうだす。

身の肥えた大ダコが手に入ったら、よくお出ししていたのが文銭造り。文銭というのは、江戸時代の通貨「寛永通宝」のことで、丸型で四角の穴が開いているんだす。この姿が、皮と吸盤を取って輪切りにしたタコとよく似ていることから、名付けられたと聞きますな。

今日のタコは泉州揚がりの4キロ弱。なかなかの大物でっせ。文銭造りは塩茹でが定石やけど、酒煎りにすると甘みが増して旨い。実はコレ、春のタコを皮付きで酒煎りするとほんのり赤く色づくことから桜煎りと名付けてお出ししていたのを、夏向けに仕立てましてん。

この輪切りタコを5つ塩茹でにして梅を模して盛ると、天神さん(大阪天満宮)の紋所みたいでっしゃろ。これを、天神祭の時分(7月24・25日)に前菜の一部としてお出しするのも定番でしたな。

大ダコは吸盤もなかなか迫力があって、歯ごたえもよいので、これも一緒に盛り合わせまひょ。それともう一つ、塩漬けの海藤花(かいとうげ)も塩抜きして添えるとよろしな。海藤花とは風情のある名やけど、真ダコの卵のことだす。タコ壺や海藻などに産み付けた卵が繋がって藤の花のように見えまっしゃろ。プチプチと心地よい歯ざわりで、酢の物にしたり、塩漬けをそのまま珍味としていただくのもオススメだす。

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