和食のいろは

【レシピ付き】鱧(はも)の旬や目利きを担(かつ)ぎに学ぶ

これからの時季、関西の料理屋では鱧がよく食されます。特に、日本三大祭の大阪・天神祭が行われる6月下旬頃から祇園祭が行われる7月中は「旬」と言われますが…。「その時季も美味しいのですが、一番の食べ頃は、別の時季なんです」とは、淡路島の『水口商店』三代目・水口貴士さん。京都の老舗料亭の主人から「日本一の鯛を運ぶ」と支持される担ぎ屋です。鱧は、鯛に次いで取り引きが多い魚種と言います。今回は、そんな鱧の旬の話や、目利き、締め方を貴士さんと弟・翔平さんのお二人に教えていただきます。

文:阪口 香 / 撮影:福森クニヒロ

目次


鱧(はも)って、どんな魚?

他の魚と大きく違うのは、中骨、腹骨以外にも、脇骨、枝骨といった細い骨が多数あること。多くの魚は三枚おろしをした後に血合骨を抜けばいいところ、鱧は血合骨と皮の際にある皮下埋没骨が複雑に繋がっていて、簡単には抜けない。この皮下埋没骨を断ち切らなければ食べられないため、皮ギリギリまで深く庖丁を入れる「骨切り」が必要となる。

骨切りした身を湯通しして冷やす「落とし」や、比較的保存性があるタレ焼きの寿司といった料理が定番。祇園祭や天神祭のご馳走とされてきた。そこには、生命力が極めて強く、冷凍技術のなかった時代でも、夏に内陸の京都まで生かしたまま運ぶことができたという背景がある。

現在では、漁港から京都まで運ぶのはもちろん活魚車。『水口商店』の水口兄弟は運ぶだけでなく、その生態にも詳しい。「いい状態の鱧は、水深の浅い岩場や海藻の間にいることが多いです。小魚やイカ、タコ、大きい魚種だと太刀魚など何でも食べるのですが、驚くことに共食いすることもあるんですよ!」と、兄・貴士さん。弟・翔平さんも「海が澄みすぎていると、鱧が漁の網を見付けて逃げてしまい、全く獲れないことも。ある程度、濁っていた方がいいんです」と、うんちくが次々と。

お二人の仕事は、漁師や仲買人から良質な魚を買い付け、活魚車で作業場に運んで「生け越し」「生け締め」を行い、旨み・香り・食感を最高の状態にして各料理屋に届けること。そんな、「一番いい状態の鱧」を知っているお二人に、鱧とは何ぞや、を教えていただいた。

『水口商店』水口兄弟
左が水口貴士さん、右が弟の翔平さん。写真は、父親の代から使わせてもらっているという京都の料亭『菊乃井』の作業場。ここで、重要な仕事「生け越し」や「生け締め」などが行われる。

旬はいつ?

「僕たちが仕入れる淡路島の漁港では、鱧は4月から11月頃まで揚がりますよ。たくさん獲れるのは、5月から9月ですね」と貴士さん。意外にも、その期間が長いことに驚く。「いい鱧はどの季節でも揚がるんですが、卵を抱える時期や産卵後などは鱧自体に体力がなくなってしまうことが多いんです。10月以降は漁獲量としては少ないのですが、そのほとんどがいい状態なんですよ!」と翔平さんが続ける。

つまり、4月から揚がり始めて次第に漁獲量が増え、6月頃から徐々に腹に卵を抱え始め、年によって変わるが9月中旬頃までが産卵期に。その間は腹の子にエネルギーを使い、旨みや脂が少ない鱧が多くなる。その後、10~11月に再び身に脂がのり、お二人曰く、この頃が一番美味しいという。「本当は、12月も美味しいんですよ! でも、需要がないから、漁師さんも獲りに行かないんですよね…」と、貴士さん。意外や、鱧の食べ頃は“秋冬”だった!

京都でよく食されるワケ

「祇園祭は鱧祭」と言われるくらい、7月の1カ月間、京都では鱧ちりや鱧寿司がよく食べられる。実際、全国の鱧の取扱量は7月が一番多いとか。その風習が、今も脈々と受け継がれているようだ。鱧の調理に欠かせない骨切りの技術は、桃山から江戸初期、京都の料理人が九州へ赴いて会得したという説が有力。その後、京都で広まり、技が磨かれ、鱧料理は京都名物となった。

和食専門サイト「WA・TO・BI」内「村田吉弘さんの 京のひとり言」では、祇園祭でのしきたりについて紹介しています。

産地はどこ?

「全国的にみると、九州や四国、瀬戸内海などでいい鱧が揚がりますね」と、貴士さん。『水口商店』で扱う鱧は、基本的に淡路島の漁師が獲ったもの。しかし、瀬戸内海は大阪側~四国まで続いているため、どこで揚がったものかは分からないという。「季節によっていい鱧が獲れる場所は変わっていくんです。基本的には、西から東へと順に良くなっていきます。なので、産地は気にしていなくて。水揚げされた中から選り分けることが大事なんです」。

ちなみに、20~30年前、淡路島での鱧の漁法は釣りが主だった。価格は、現在の4~5倍もしたという。「網の漁法が改良されて、大分安くなりましたね」。釣りの方が魚体が傷つかないのでは…とも考えられるが、「釣りだと、魚体がきれいな鱧は獲れますが、針を飲んで死んでしまったりするんですよ。それに、全体的にスジの悪い鱧が多いです。しかし、時季や獲れる場所によって良い鱧もいますし…魚屋の好みの問題かもしれませんね」。

いい鱧(はも)を選り分ける目利き

「魚全般に言えることですが、魚体が肥えてて、背側がパン!と張っていること。そして、その魚体に対して顔が小さく、目も小さいこと。あと、時季によっても変わるのですが、よく言われているのが“黄金鱧”と呼ばれるような金色っぽいグラデーションのあるものですね」と、貴士さん。

鱧2尾
上の鱧に比べて、下の鱧は身が痩せ、間延びしている。「値段は、倍ほど違うかな」とお二人。同じ重さなら、頭から尾までの長さが短い鱧の方がいいものが多いという。

鱧の顔
魚体に対して、上の鱧の顔は小さく、目も小さい。

「あとは、この首元を持った時の、手に吸い付く感じというか…フィット感ですね」と翔平さん。

鱧の首元をつかんだ状態

鱧(はも)の「活け越し」と「活け締め」

水槽の中の鱧
水槽は、毎日海水を1/4ほど捨て、新しい海水を足している。温度管理も徹底している。

『水口商店』が支持される理由に、「活け越し」と「活け締め」がある。

より良い魚体に仕上げる「活け越し」

漁や競り、輸送で蓄積された魚の疲労、ストレスを軽減させるのが「活け越し」だ。エサを与えずに水槽で泳がせるこの工程は、魚一尾ずつの個体差(肥えている、痩せているなど)や底引き網や釣りなどの漁法、各港における競りの仕方、漁師一人一人の魚の扱いなどによっても時間が変わってくる。長年の経験と勘が必要な作業だ。

「これ、めちゃくちゃいい“スジ”の鱧です」と貴士さんが取り出したのは、淡路の水槽で2日、『菊乃井』の作業場の水槽で1日生け越しをした鱧。皮表面にぬめりがある。「獲れてすぐのタイミングにぬめりはないのですが、いい“スジ”の鱧は出てくるんですよ」。ちなみに、この“スジ”というのは魚屋用語のようで、ものの状態がよく、美味しい料理になりそうな魚に対して使うようだ。“オーラ”のようなものかもしれない。

ぬめりは、活け越しをしてみて、出てくるものと出てこないものがある。ぬめりが出た鱧は、より海にいた時に近い状態で活け締めすることができ、いい状態で料理屋に運べるという。また、腹にエサが入っている鱧はこの活け越しの間に吐き出すのだが、その際にエネルギーを使い、身に負担がかかってしまう。釣れた時から何も入っていない方がより良いのだとか。「このあたり、確証はないのですが…日々扱っている中で、そうかな、と」体感しているという。

「活け越し」が魚体にもたらす効果

活け越しをする目的は、生物のエネルギー源である「アデノシン三リン酸(ATP)」を回復させるため。ATPが分解されて「アデノシン二リン酸(ADP)」になり、さらに「アデノシン一リン酸(AMP)」から旨み成分であるイノシン酸に変わる。ATPが多ければ多いほどATPから生成されるイノシン酸が増えるが、活け越しが短すぎても長すぎてもよくないという。「短すぎるとATPが回復しきれず、長すぎると回復したATPを消費してしまうんですよ」と翔平さん。経験がものを言う世界だ。

タイミングが重要な「活け締め」

適切に活け越しした鱧を、適切なタイミングで締めることも重要だという。「魚を暴れさせることなく一撃で。また、血抜きや温度管理も徹底して行うことが大切です」と貴士さん。
それによって食感に“活け感”を残し、お客の口に入る瞬間に旨みが最高潮になるよう仕立てるという。「この活け感、関西の料理人は特に重要視しますね」と、翔平さん。

「活け締め」の方法

頭に庖丁を入れて息の根を止め、尾に庖丁を入れることで血を抜きやすくする。その間、一瞬。暴れると死後硬直が早く進むので、一撃で行う。

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その後、氷水の中に5~10分ほど浸けて、血を抜く。適切なタイミングで頭側と体側の神経に針を通して神経を抜き、身が“活きた”状態で保存できるようにする。

締めた鱧
下左・下右/頭と魚体の神経を抜いているところ。

鱧(はも)のレシピ

鱧(はも)の下処理や、料理のレシピをご紹介。

▼京都『祇園川上』
鱧(はも)の捌き方」/「鱧(はも)の骨切り」/「鱧(はも)の湯引き(落とし)
▼京都『祇園 さゝ木』
鱧椀」/「鱧と松茸の鍋
▼大阪『㐂川(きがわ)』創業者・上野修三氏
鱧料理3品」/「鱧の焼き物
▼大阪・北新地の浪速割烹『さか本』の動画レシピ「鱧の子煮こごり」/「鱧吸卵椀」/「鱧焼霜の薄造り」/「生鱧の造り
▼京都・上賀茂『御料理 秋山』の「鱧の湯引きと夏野菜 キュウリのすり流しで
▼大阪・東天満『懐石料理 雲鶴(うんかく)』、京都・御幸町通四条『近また』、近鉄奈良『奈良 而今(にこん)』の「鱧料理の提案
▼大阪・北新地『味菜』の「鱧ちり
▼大阪・福島『日本料理 楽心』の「梅じそ風味の鱧洗い
▼大阪・上本町『日本料理 幽玄』の「鱧 焼霜造り ラッキョウの乳化ソース
▼大阪・谷町六丁目『燗の美穂』の「鱧の卵のゼリー寄せ
▼京都・南禅寺『瓢亭』の「冬瓜と鱧の炊合せ
▼京都・二条城前『日本料理と日本酒 惠史』の「ハモと鷹峯(たかがみね)トマト、トウモロコシの炙り パイナップル酢と土佐酢のジュレがけ
▼大阪・京橋『はしま』の「水晶鱧
▼京都『祇園もりわき』の「鱧のオリーブ素麺
▼東大阪『旬菜 喜いち』の「鱧酒盗焼き
▼大阪・宗右衛門町『浪速割烹 和亨』の「鱧のチーズ豆腐 カラスミ添え
▼大阪・西心斎橋『和洋遊膳 中村』の「鱧真丈モッツァレラ射込みと舞茸の変わり椀
▼大阪「辻󠄀調理師専門学校」の「鱧皮温寿司(ぬくずし)


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